頭がズキズキする。目を開けたいのだが、まぶたを上げようにもそれ以上の力で上から押し戻され、まるで目が開かない。ただでさえ暗い店内が、開かない目のせいで余計に暗い。
ここはどこで今何時で何故ここにいるのかとか、目覚めた瞬間はとても混乱するのだが、そのキャストアウェイ的な浮遊感がまた気持ち良かったりする。
それが欲しくてバーに足を伸ばすのかも知れない。
バーは天国だ。本当に何でも忘れさせてくれる。(まあ、明日には思い出すのだが)
カウンターの向こう側にバーテンダーの姿は無かった。
「にいさん、いい感じね」
不意に隣から丸っこい印象をともなった柔らかい声が聞こえて目をやると、髪をアップにした若い女が隣の席で俺の目覚めの一部始終を鑑賞していた。片肘をついた手は頭を包み込み、うつろな目をして、言っちゃなんだが彼女も相当出来上がっていた。
俺は口の周りを手で拭った。ヨダレでも垂れていやしないかと思ったのだ。
「何をそんなに飲んだのかしら?」
「・・・カリラ」
「へぇ!世の中にはカリラなんてお酒があるの?」
「ウイスキーの銘柄だ。美味いよ。美味くて、たくさん飲んだから酔っ払った」
「それ飲んでみたいなぁ」
俺はもう飲みたくなかったし、ホントなら誰とも話したくなかったのだが、久しぶりの上物鴨ネギじゃないか、酔ってうつろな目をした綺麗な女は大好物、そんなふうに、回らない脳みそはもはや原始的な部分しか働かなかったみたいだ。
「飲んでみたいのはいいけど、ちょっとクセがあるよ。それでもいい?」
「芋焼酎みたいなの?」
「違うな。コケみたいな味だ」
「コケ食べたことあるの?」
「ないよないけど、例えるならそんな感じ」
俺はついつい善からぬ未来を期待して、そこらに居る店員にカリラのダブルをロックでオーダーした。
「お酒の発明は偉大よね」
飲むつもりのなかったカリラが3杯目、女は球形の氷をつるつると指で遊びながら、なんだかとても基本的な間違いを言った。
「発明、じゃなくて発見だと思うけどな」
そんなのどうでも良かったけど、咄嗟に反応してしまった。
「サルが腐ったぶどうを食って気持ち良く酔っ払っていたその様子を見た人間が、恐る恐るそれを食ってみた。そしたら美味かったんだよ、きっと。美味いだけじゃない、浮ついた気分になれたのも良かったのかも知れないね」
「・・・お酒を飲む習慣があるから、お酒を作る会社はつぶれない」
彼女はこちらを見ずに、そんなことをこそっと言った。
「え?」
「世間に『それがないと生活出来ない』と思わせるのよ。そしたらみんながそれを買ってくれるじゃない?」
「何の話?」
「例えば、お醤油だって『お醤油が無いと生活できない』と思わせているから売れるのよ」
「それがどうした?」
女はグラスを持つとちびりと口に運び、俺を無表情で見た。
「必要だと思わせることなのよ」
無表情だ。
「あたし、自分でパワーストーンのブレスレットを作って売っているんだけど、結構売れるのよ」
それがどうした?
「考えてみて。パワーストーンって一回買ったらみんな後生大事に扱うでしょ?」
・・? うん。
「買ったら普通、それっきり、が普通でしょ?」
まあ、そうだね。
「だから、何かの理由をつけて『時期がきたら買い換えよう』と思わせるのがいいのよ」
うん。
「でね、浄化グッズとか、パワーがあるかどうかを見定める力のあるヒーラーを用意するのよ」
うん。
「グッズや鑑定料でも儲かるけど、ある程度時期がきたら『この石のパワーはすっかり落ちています』とか『邪気を吸い込んでいる』とかの脅しを掛けて、石を土に埋めさせたり、川や海に流させるのよ」
うん。
「その風潮が定着したらあたしのやってることだって酒屋さんやお醤油屋さんみたいに絶対必要な業種になると思わない?」
うん、そうだね。