記憶は、脳に蓄積されるのではなく、体を構成する全ての細胞に蓄積される。だから俺たちは、見たこともない光を見たり、聴いたこともない音を聴いたりした時に郷愁を感じたりするのだ。それは祖先の卵子や精子に運ばれて時間を超越する。俺の郷愁は爺さんの郷愁であり、あるいは婆さんの婆さんの、お父さんの郷愁かもわからない。DNAは、なるべく正確に記憶の圧縮ファイルを転送しようとするのだけれど、そこに「ぼやけ」が出るのは、俺たちが解凍ソフトを巧く使いこなせないからだ。欲望は忘却の水をたくさん飲ませる。日々の些事が俺たちを貪欲にさせるから、俺たちはせっせと忘却の水を飲む。だから、だから、俺たちはもっと美しく、もっと響くものを、心を震わせる感動を、もっと追及しなければならないんだ。