8年間ほぼ毎日薔薇を送った。






同僚の小野ちゃんに惚れた。
今さら女の子一人口説くなんて簡単だ、今までだって何人も口説いてきただろう?最初はそう思っていた。ちょろいもんさ。
ある夜、仕事が終わると、キザにも遊び用のスーツに着替え自分の車に乗り換えて、彼女の帰りを待ち伏せた。
助手席には薔薇の花束を用意。大抵のコはこれでイチコロだ。女の子は花に弱いからな。
通勤にバスを使っている事は分かっていた。だからバス停よりも手前に車を停めた。家まで送る事を口実にデートに誘おうと画策したのだ。






「これから何か予定があるわけじゃないんだろ?もう帰るだけなんだろ?乗ってかないか?」
「お母さんが知らない人の車に乗っちゃダメって言ってたから。」
「何言ってんだよ、いいから乗れよ。」
「ごめんね、一人で帰りたいの。」
待ち伏せはそんな感じであえなく失敗に終わった。でもせっかくの薔薇だったので、それはプレゼントした。それで気持ちが変わってくれたらいいな、ひょっとしたら大感激して前言撤回するかも知れない。
「わたし薔薇好きよ。今までもらった薔薇はみんなドライフラワーにしてとってあるの。」彼女は表情を変える事無くさらりと言ってのけた。
今までもらった・・・ 薔薇をプレゼントしているのは俺だけじゃなかったんだ。そりゃそうだよな、小野ちゃん美人だもん、引く手あまたの小野ちゃんが新参者の俺に「送るよ」と言われたからって、チャラチャラついてきてしまうなんて事はないのだ。嗚呼、いろんな男に声を掛けられてるんだろうな。ファーストコンタクトでいきなり望みを叶えられる訳もない、か。
それから俺は独自の方法を考えなければならなかった。並居る男どもを蹴散らして小野ちゃんを俺のものにするにはどうすればいいか、敵は手強いぞ、強烈なパンチを繰り出すのは難しい、と悟った俺は、じわじわぁっと効いてくるボディブローの様な手段を模索した。







インパクトは薄いが確実に彼女を感動させる事が出来るだろう、と思われる方法を考え出した。
毎朝一本ずつ薔薇の花をプレゼントするのである。
一日二日はたいした感動も無いだろう。でもそれが一ヶ月二ヶ月、やがて半年もする頃には彼女の部屋は俺が贈った薔薇で埋まる事になる。いや、半年だから約180本なので「埋まる」までにはならないが、でもそれは彼女を感動させるには充分な量だと思ったのだ。
「薔薇の花作戦」が始まり、最初の一週間でお友達になることは出来た。でもその先が発展しなかった。


一ヶ月過ぎても二ヶ月過ぎても俺たちの関係に変化は無かった。


三ヶ月、四ヶ月、昼ご飯を一緒に食べに行く位の仲にはなれたが、それは友達の域を出ていない。


小野ちゃんは表情を変えない。と言うよりも、別の表情を見たことが無いと言っても良い位、無表情なのだ。
俺はあとどの位頑張れば、彼女の表情を変える事が出来るのだろうか。







彼女の表情に変化が訪れるよりも先に、いつも薔薇を購入している花屋に変化が起きた。
俺が現れる時間に俺が選びそうな薔薇を一本用意して綺麗に包装して待っていてくれる様になったのだ。
小野ちゃんと親密になる前に花屋と親密になった。
ちょっと可笑しかった。中井戸麗市の曲にもあったな。「薔薇を持って帰ると喜ぶなら、いつか花屋と顔なじみさ」
実際花屋は俺が誰に薔薇の花をプレゼントしているのか分かっていた。なにしろその花屋は職場の同じビル、すぐ下の階にあったのだから。俺が何も言わなくても花屋の方から「彼女さん、お気に召していらっしゃる様ですか?」と声を掛けてきた。残念ながらまだ彼女じゃないんだよ、と答えると「大丈夫ですよ。もしあたしがこんな風に毎日薔薇をもらったら、メロメロになっちゃいます。」俺の朝はそんな花屋との会話で始まるのが普通になっていた。






予定の半年が過ぎてもデートにすら行けなかった。手もつないでもらえなかった。それでも「いつかは成就させるぞこの想い」とばかり、俺は薔薇を贈りつづけた。
一年後、夜ご飯に付き合ってくれる様にはなったが、それは友達の域を出ていなかった。
夜ご飯なら花屋の店員と一緒に行った回数の方が多かった。
気が付いたら8年間も薔薇をプレゼントし続けていた。
8年ともなれば流石にビッチリ埋まっただろう。計算すると約3000本くらいにはなっただろうから。
金額になおすと、一本が500円だったから約150万円だ。
本数や金額で8年間の軌跡を振り返るのも下品な話だが、その数字が俺にとっては大切な思い出なんだ。8年間で3000本、合計150万円。






だってその数字しか残らなかったのだ。他には何も残らなかった。
俺が会社を退職してからしばらくして、彼女は忽然と消えた。やっと聞き出した電話番号も解約されていた。元同僚達に聞いても、彼女がどこに行ったのか誰も知らなかった。会社を辞めると言い出してスグに会社に来なくなったそうだ。彼女に何があったのか分からないが、姿を消さずにはいられない何があったのだろう。
あの薔薇たちはどうなったのかな。







女の子一人口説けずに干乾びていった薔薇が3000本。150万円也。
今となっては気持ちのいい思い出が出来たのだから、それでいい。朝、顔を洗うために水を大量に使うのと同じ感覚で、たくさんの薔薇を消費したのだ。
薔薇たちは俺の期待を風船の様に膨らませ、8年後、そのトゲで割った。パーン!
恐らく小野ちゃんは俺の事を忘れないだろう。
干乾びていった薔薇が3000本。150万円也。



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