午後8時。メガテリヤキが明日で最終日なので、マクドナルドに立ち寄り夕食をとる事にした。

喫煙室には俺の他に、参考書を広げている学生風の男と、遠い目で外の景色を眺めながら、ゆっくりしたペースでフライドポテトを食う老人が居た。
それがとても淋しげな、かわいそうな風景に見えた。
ここでメガテリヤキを食っている俺だって、他人様の目から見ればチョッとかわいそうな人に映るかもしれない。
だってそうじゃないか。
幸せな夕餉とは、一家が揃い、美味しい家庭の味を堪能しながら、今日の出来事を皆で語り合う事なのだ。そうじゃない自分の境遇は、学生や老人と等しく、孤独な存在である。
ここに居る者、皆かわいそうなのだ。
そう思ったら、世の中にどれだけのかわいそうがあるのかを考え始めて止まらなくなった。
かわいそうにもいろいろある。
例えば、中学生の頃、俺の前の席に座っていた稲葉だ。俺は奴の頭を、面白いからというだけの理由で、三角定規(ちょっと大きめ)の90°の角で叩いた事があった。稲葉は何も悪い事をしていないのに。
そしたら奴の頭から血が吹き出て、あせった俺は慌ててハンカチで奴の頭を押さえたのだが、ハンカチは見る見る真っ赤に染まっていった。アレはかわいそうだった。酷い事をした。反省しても遠い昔の話だ。稲葉は今どこで何をしているんだろう・・・とか、そんな事。
思い出のいくつかを、頭の引出しから引っ張り出した。
引っ張り出した思い出の中に、弟の次男の思い出があった。
弟には現在、子供が3人居て、家族5人がとても仲良く暮らしている。子供の中でも次男は、とても社交的で思いやりのある子だ。
こんな事があった。
長男が4歳で、次男が3歳だったある日、彼らはウルトラマンごっこをしていた。
長男は当然、ウルトラマンをやりたくて、次男はいつまでたっても怪獣だった。
「たまにはウルトラマンをやらせてあげなさい」と弟の嫁は言うのだが、アトピーの痒さに耐える生活を強いられていた長男は、それ以外を絶えることが出来ず、弟に対する思いやりに欠けていた。それは仕方の無い事だと皆が分かっていた。
でも、次男までがそれを分かっているとは思っていなかった。
「ボク怪獣でいいよ」
次男は兄貴からパンチやキックをもろに受けて、それでも怪獣役を続けた。何度蹴られても、ぶたれても、彼は嫌な顔ひとつせず、怪獣役に徹しているのだ。
3歳にして兄貴想いの弟である。
そうこうしているうち、兄貴がエスカレートして、何かのおもちゃを弟に投げつけた。
それは見事に弟の目の辺りにヒットし、そこで初めて弟は泣いた。
こらえ切れずに泣いたふうに見えた。
もう次男がかわいそうでかわいそうで、俺はついつい彼を抱きしめてしまった。
当時の事を思い出したら泣けてきて、メガテリヤキが食えなくなってしまった。
次男は父親が大好きで、父が帰ると玄関まで走って行き、ニコニコしながらその場で服を脱ぎ始めるのだそうだ。
お父さんと一緒に風呂に入りたいのだ。
いい子じゃないか。
口の中にメガテリヤキを入れたまま嗚咽する俺に、学生と老人が「大丈夫ですか?」と声を掛けてくれた。
そしたら余計に泣けて仕方なかった。



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