な~んて音楽書籍コーナーにハードカバーで並んでいそうタイトルをつけてしまいました。
タイトル負けになるとは思いますが、ちょっぴり真面目な考察をしたいと思います。


音楽をやっているとたまに(しょっちゅう?)耳にするフレーズ、

「正しい表現」とか「正しい音楽」とか「正しい演奏法」とか、正しい系フレーズ、

前から不思議だったのですが、この「正しい~」というフレーズはいったいどこからくるのでしょう?


おそらく一つは「スタンダード」からきているのかなと思います。
スタンダードなものから外れたものは異端、みたいなことですね。
昔だったら異端審問→火あぶりコース。


もう一つは確固とした「信念」というのもあるでしょう。
誰がなんと言おうとも「これこそが~」っていうアツい気持ち。
出国したら気温が変わっちゃうくらいのアツい気持ち。


スタンダードを知る、強い信念を持つ、これはどちらも大事なことではありますが、
残念ながら万能なものではありません。
「所変われば品変わる」というやつです。

音楽には様々なジャンルがありますよね。
特に今は一つのジャンル内でも細分化されていて追い切れないくらいでしょう。
そんな無数の世界それぞれに独自の様式やカタがあるわけです。

さらに言えば、同じ曲でも演奏する人によってスタンダードが違うということもあります。

例えばバロック音楽というクラシックの中の一様式をとっても、フランス、イタリア、ドイツなど様式の違いがありますし、

さらには、それを演奏するコミュニティも、クラシック奏者、ギタリスト、古楽奏者等それぞれに独自の様式を持っています。
(同じバッハを弾くにしても、ピアノ奏者とチェンバロ奏者、ギタリストとリューティストのスタンダードは違うのです)

このように、曲そのものの様式とは別に、演奏の様式というのもあるのですね。

これだけ多様化してくると、「その世界ではスタンダードなことが違う世界ではスタンダードではない」ということが非常に身近にあることになります。

より細分化され多様化していくと、一つずつのコミュニティは小さくなりより個人へと帰っていくことになるのかもしれませんが、それはわかりません。

さて、そうなってくると「正しい~」というのは何なのでしょう?

もちろん、物理的な原理や心理的な法則性といったものはありますが、

ま、とりあえず「スタンダード」じゃなくても「アツい信念」がなくても気にする必要はなさそうですね。