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2009-01-06 11:01:04

新年明けて6日目です

テーマ:LIVE-KWANSPO

新年、あけましておめでとうございます!


昨年は、本当にたくさんのみなさまの助けがあり、なんとか無事に一年乗り越えることができました。

本当に、ありがとうございました!


振り返ってみると・・・なんて言ってると、ブログが果てしなく続きそうなので(笑)

本当に書ききれないくらいの経験と、出会いがありました。

そのすべてが私の宝です。


と、しみじみしたことを言っていますが。

私が編集部であるということは、新聞作成が終わっても変わりません!


これからも、自分なりにできることを探して、関学体育会を、本部を、そして編集部のことを考え、行動していきたいと思っています。


最後に。

編集部のみなさん、3年間本当に、本当にありがとう!



今年も、関学体育会が繁栄し、体育会員のみなさんの満々の笑みが見られますように・・・

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2009-01-01 00:27:25

今年も…

テーマ:LIVE-KWANSPO
 2009年っスね☆関学体育会のますますの発展を願うばかりです!

 で・す・が、自分らの代は年内を持って引退(オレはアイホがあります)。もう記事を書くことも無く…「関学スポーツ」を直接作ることはありません。

 まさかそんな時がくるとは(笑)

 いや~だ―!ッなんていう去る者の名残惜しさは心にしまいつつ…今年はどないしよかと真剣に考えます。

 体育会卒業アルバム作成のための写真集めがあるっちゃあるんだけど…試合会場行くとな~試合見ちゃうとな~選手と二言三言話しちゃうとな~やっぱり取材をしてる自分の姿が容易に浮かんでしまう^^引退してる身なのに(・ω・)笑

 どうしようもないスよね^^;だって好きだから。関学体育会が好きやし、自分の担当部が大好きやし、それでいて「伝えたい」っていうアノ高ぶる感情がたまらない。抑えられないだろうな~
 写真撮りながら「号外のレイアウトは…」って考えてそう。いつもと変わんねぇじゃん!!

 ちと話は逸れるケド、今年はまさにそうだった。同回の周りは引き継ぎとか教育のため、インタビューとかを後輩にやらせたりして。それでも自分はガツガツと質問してコメント取り。反省…かも(笑)ケド「伝えて」たことには異論ナシ

 まぁ今年はさすがにそれは無いはず。後輩の仕事ぶりを横からニヤニヤ見ときます^^あ、ペンは握ってるかも。

 そんなこんなで2009年。どういう一年にしようか。同回生がいよいよ部を引っ張っていく立場やから応援しないとな☆それでいて、自分もやりたいことをやろう!と。ま、やりたいことって「伝えたい」なんスけどね

.-ファイル0036.jpg
▲現役最後に作った号外。(になるのか…??笑)

 今年もLIVE。坂口功将
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2008-12-31 21:50:02

今年度回顧

テーマ:LIVE-KWANSPO

 今年1年間は本当にたくさんのことがあり、多くの経験をさせていただきました。


 まずは、新体制として初めての発行物となったインビテーション(新入生向け体育会情報誌)制作です。1月から、各部からデータを提出してもらい、同級生全員で役割分担をして取り組みました。そこで感じたのは、自分たちが主導となって一つのものを作り上げることの難しさです。データのチェックや廣済堂の方とのやりとりは、慣れない面も多く、自分の未熟さを痛感するとともに、先輩方の存在の大きさを改めて知らされることとなりました。ですが、はじめにこのような経験ができたからこそ、その後の活動にプラスに働いた面も多くありました。

 

 3月には、新体制で初となる編集期間がありました。この編集期間で制作する新聞は記念すべき200号ということで、ホームページでも大々的にキカクを行うなど、部員一同強い気持ちで臨んでいたと思います。また、個人的にも、編集長座談会で先輩編集長のお三方の話を聞かせていただき、モチベーションアップにつながるとともに、先輩方が受け継いでこられた伝統をしっかりと引き継いでいかなければならないという強い使命感を感じることができました。


 その後、関関戦が近づいてくると、関大スポーツさんと合同で「関関スポーツ」の発行や日刊スポーツさんへの特集掲載などを行いました。普段からお互い交流しているとはいえ、忙しい合間をぬっての作業は意思疎通などが足りない部分もあり、苦労したのを覚えています。


 そして、怒濤のように1年が過ぎ、先日には最後の編集期間がありました。今年は、残念ながら甲子園ボウル号にはなりませんでしたが、ラグビー部をはじめとする各部が好成績を多数収めてくれたこともあって、充実した紙面内容になったと思います。個人的にも満足のいく仕上がりになりました。


.-204号

▲最後の新聞制作となった204号。1面は話題をさらったラグビー部


 編集部で過ごしたこの3年間は、本当にあっという間でした。入部したのが昨日のことのように思い出されます。でもそれは、本当に毎日が充実していた証拠だと思います。取材の1回1回が楽しくて…部室にいる1秒1秒が楽しくて…編集期間の1回1回が印象的で…どれも今でも鮮明に思い出すことができます。


 この3年間が自分に残してくれたものは、言葉では表しきれません。ともに3年間活動した同級生、いつも優しく接していただき、たくさんのことを教えてくれた先輩方、元気いっぱいで、弟や妹のようなかわいい後輩たち、ともに刺激し合ってきた他校の編集部員のみんな、OBさんや日刊オフセットさんをはじめとする、活動に携わっていただいたすべてのみなさん。そしてもちろん、体育会の方々をはじめとする読者のみなさん。誰一人欠かすことのできない素晴らしい仲間です。編集部員としての知識など、色々得られたものはありますが、私はこのような人間関係が一番の財産ではないかと思います。ここで出会った仲間は、これから一生付き合っていけるような人たちばかりです。そんな仲間に巡り会えたことを、私は幸せに思います。


 今年1年は、編集長という立場で活動してきました。「関学スポーツを体育会のモチベーションに」という目標を掲げてから1年。号外ビラの常時発行やホムペノキカクの充実などもあり、体育会員の皆さんからも「俺も載れるようにがんばるわ」。「今度特集組んでくれよ」といった声も多数聞かれるようになりました。そんな声を聞いていると、少しですが目標に近づけたんじゃないかなと思います。編集長として至らない部分も多く、部員のみんなには本当に迷惑をかけたと思っています。それでも、1年間私についてきてくれたみんなには本当に心から感謝しています。




 来年は、新聞作りに携わることはありません。ですが、卒業アルバム制作が待っています。実質の活動量は減るかもしれませんが、今まで通り、いやそれ以上に各部の取材に赴き「体育会の活躍を伝える」という意志を忘れず頑張っていこうと思います。


 私たちは引退しますが、編集部には力を持った素晴らしい後輩たちがたくさんいます。その後輩たちが、また新しい伝統を築いていってくれると私は確信しています。今後も後輩たちへご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。


 最後になりましたが、これまで支えていただいたすべてのみなさんに心から感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。この素晴らしい部で、3年間を過ごせたことを誇りに思い引退させていただきます。本当にこの部が大好きでした。そしてこれからも―。                                                                     


 石堂和輝                      


             .-関学スポーツ  

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2008-12-31 16:52:08

2年生次回顧

テーマ:LIVE-KWANSPO

 2年生になって驚いたことは、仕事量の多さでした。


 編集部は、2年生が多くの仕事を担当します。先輩や後輩への取材時間の連絡、日程把握、カメラの引き継ぎなど、1年生の時は先輩に任せっきりだったことを自分たちがやるようになり、色々と慌ただしく動き回ったのを覚えています。中でも、一番大変だったのが広告活動でした。「関学スポーツ」発行に必要な経費は、賛同してくださる広告主様からの広告料でまかなわれています。つまり、広告を埋めることができないと、赤字が生まれるということです。ひどく言えば、新聞が発行できない事態になることも考えなければなりません。そのため、2年生の広告担当は、編集期間が近づくと広告依頼の電話をかけ続けます。しかし、なかなか賛同してもらえないことも多く、「10件連続で断られた」。なんてこともありました。でも、埋めなければ新聞が発行できないという責任感でみんなで力を合わせて乗り切ることができました。そして、この広告活動を通じて電話対応の仕方や、社会人の方との接し方など、いい社会勉強をさせてもらったと思っています。


 編集作業の方でも色々とあった1年でした。まず、1番思い出に残っているのは、8月に行った軟式野球部の全日の取材です。新大阪から新幹線を乗り継ぎ、みちのく・仙台まで行きました。編集部史上でもおそらくトップクラスの移動距離ではないでしょうか?来月、アイホ班が青森まで行くみたいですが(笑)。軟式野球部の皆さんには、いつもお世話になっていましたし、春リーグ終了の際には自分主導でホムペノキカクをやらせてもらったこともあり、非常に思い入れが強い取材でした。往復の新幹線と3泊分の宿泊費を合わせると、やはり出費はかさみます。試合も惜しくも初戦敗退となってしまいましたが、お金にはかえることのできないものを私はこの取材で得られた気がします。試合後、主将の福本さんからかけられた「1年間本当にありがとう」という言葉と、主務の今村さんから送られてきた「最後まで応援と取材してもらってホンマにうれしかったです。来年も後輩たちを取材してやってな」というメール。この2つの言葉で、自分の心は十分満たされていました。そして、「担当部の人たちのためにも、さらに頑張っていかなければならない」という決意を抱きました。


 9月の合宿では、役職が決まりました。約3時間にわたるミートの末、私は編集長に決まりました。みんなが、本音で意見を言い合って、役職を決めたこの学年ミーティングは3年間で最も印象に残るミーティンングです。


 秋には、次期編集長として幹事会などの会議に出席する機会が増えました。分からないことだらけの中、晋太郎さんのあとについて色々と勉強させていただきました。先輩方の引退が近づくにつれ、自分が部のトップになるという実感がわいてきたのもこのあたりです。


 最後の編集期間は、この年も甲子園ボウル号になりました。自分は2、3面の選手紹介の面をレイアウトさせていただきました。前年の1面に続き2、3面を担当できるということで、大変でしたがやりがいもあり非常に楽しかったです。


.-第199号(甲子園ボウル号)

▲2、3面レイアウトを担当させてもらった甲子園ボウル号


 本当に色々と仕事が多くあり、あっという間に過ぎ去った2年生の1年間でした。授業と部活でいっぱいいっぱいになったときもありましたが、部活をやっていく楽しみが日に日に増えていって充実した1年間だったように思います。取材を通じ、あこがれのアスリートや知り合いも多くできました。自分なりに成長できた1年間だったんじゃないかと思います。充実感につつまれながら、現役生活もあと1年しかないのかと思い始めた2年生の終わりでもありました。


 石堂和輝

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2008-12-31 12:01:35

1年生次回顧

テーマ:LIVE-KWANSPO

 今年も残すところ1日だけとなりました。29日に編集部の忘年会があり,現役編集部員として部に関わる最後の行事も終了しました。今日は、自身の3年間の活動を学年別に振り返っていきたいと思います。



 大学入学当初、編集部との出会いは、学食「BIG PAPA」前に貼ってあった「アメフト取材体験」の告知ビラでした。その当時、野球サークルに入って野球を続けようと思っていた自分にとっては、「ふ~ん、そんな部があるんだ」という程度の印象でした。でも、マスコミやスポーツ新聞に興味があったこともあり、友達と取材体験に行くことを決めました。


 そして当日、王子スタジアムで行われたアメフト部の試合を生で観戦し、実際にグラウンドに降りて写真を撮らせていただきました。その時感じたことは、純粋に「おもしろい」ということです。「この部に入れば、また違った自分が見つけられるんじゃないか。充実した4年間が過ごせるんじゃないか」。この日からしばらくは、編集部に入ろうとする自分と、大好きな野球を続けたい自分との狭間で悩み続けました。今まで野球中心…というか野球だけの生活をしてきた自分にとって、野球をしていない自分の姿が想像できなかったんですね。でも、一週間後、気持ちは固まることとなります。それは、菜々さんに誘われて行った、軟式野球部のプレーオフの取材でした。


 試合は、同志社大学京田辺キャンパスでありました。電車を乗り継ぐこと、約2時間。当時は何も思いませんでしたが、最初の取材からえらい遠いところまで行ったなぁ…(笑)。試合は、接戦となりましたが勝利し、軟式野球部は春季リーグ戦優勝を飾りました!最初から胴上げの瞬間を見ることができ、興奮したのと同時に、自分の気持ちも固まりました。「この興奮を他の人にも伝えたい!この部で4年間頑張ろう」と。


 そして迎えた最初の編集期間、自分は関関戦企画の「地域密着」の記事を担当しました。先輩方のチェックを通じて、新しい発見が本当にたくさんあり、苦労しましたがすごく楽しかったのを覚えています。先輩方も、優しく面白い方ばかりで雰囲気もよかったです。その後、9月には担当部も決まり取材も始まりました。自分は、軟式野球部、サッカー部、バドミントン部、相撲部、ワンダーフォーゲル部、スキー部の担当になりましたが、毎週の取材が本当に新鮮でワクワクしていたのを覚えています。10月には、軟式野球部のホムペノキカクのワンコーナー「石ドゥーが語る」を担当させてもらい、記者をやっていく楽しさを改めて知ることができました。これが後に恒例の「石ドゥーの分析」となるわけですが(笑)。


 1年の最後の編集期間は、甲子園ボウル号になりました。その中で、自分は1面のレイアウトを担当させていただきました。名誉ある甲子園ボウル号の1面を1年生の自分がレイアウトするということで、うれしさと不安が入り交じったような気持ちだったのを覚えています。そして新聞は完成し、甲子園ボウル当日の配りを迎えました。そこで私は、衝撃を受けました。「会場に入る人が、みんな新聞を取っていってくれる」。この状態と、自分がレイアウトした面がスタンド中で見られている光景を目の当たりにして、興奮せずにはいられませんでした。編集部に入ってよかったと改めて実感できた瞬間でしたね。


.-第194号(甲子園ボウル号)

▲1面レイアウトを担当させてもらった思い出の甲子園ボウル号


 こうして1年間はあっという間に終わりました。自分自身本当に楽しかったのですが、その背景には常に先輩の存在がありました。編集部の活動に関すること、人間関係、さらには大学生というものはどういうものなのか。今まで知らなかったことを、先輩方の話を通じてたくさん知ることができました。これらは、今でも自分の財産になっていますし、これらのことを教えてくださった先輩方は、本当に人生において尊敬できる方々ばかりです。そんな先輩方が引退を迎えられ、自分は2年生になるとともに、今度は自分たちが部を引っ張っていくんだという思いになりました。


 石堂和輝

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