日本が誰を神として崇拝しているかどうかで結果が違う | ヨハネのブログ
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聖書の真理に基づく黙想

【見出し】
(1)日本が誰を神として崇拝しているかどうかで結果が違う
(2)日本神道の信仰の根拠になっている元寇の神風
(3)死者の霊に対する信仰は悪霊崇拝を意味しておりまことの神の怒りと神罰を招く
(4)太平洋戦争とその後の国難で日本を守る力がないことを表した日本の悪霊の神
(5)昔神は淫行と偶像崇拝のために疫病で民に神罰を下された
(6)とりわけ政治のトップの立場にある人々が神の道徳基準を固守することにより神の恵みを得られる



(1)日本が誰を神として崇拝しているかどうかで結果が違う

  国家が誰を崇拝しているかによって結果が違います。どんなに愛ある親切の行為を悪霊の神の名で行えば、その誠実な努力は無に帰する場合があります。エホバ神が悪霊崇拝に敵対されるからです。

 もし、日本が、挙国一致で、天照大神の偶像崇拝をしていなければ、最近のコロナ禍や令和二年七月豪雨などが日本に起きないようにエホバ神は日本を守ることもできたと思います。昔エホバ神はアッシリアの軍隊がエルサレムを陥落させないようにみ使いによってヒゼキヤ王を助けられました。(列王第二19:14-20,32-36)

  エホバ神がエルサレムを守られたのはエホバ神がヒゼキヤのご自分に対する救いを求める祈りを聞かれたからです。エホバ神は、ご自分に依り頼む者のためには、非常に大きなこともおできになります。


 しかし、今回、実際、日本は全国挙げて天照大神を崇拝していたので、エホバ神が日本を守るという責務はありません。そのために、今までの日本に国難が臨んでおり、また、今回も国難が臨んでいると思います。


 少なくとも、昔の平成天皇と日本政府と全国の都道府県知事が崇拝していた天照大神は、そうした国難が起こらないように日本を守ることができませんでした。天皇はいつも日本のために天照大神に祈られているかもしれませんが、その祈りは聞かれていないのではないでしょうか。天照大神に日本を守る力はないのです。


 さらに、昔、天皇とその背後にいる天照大神が、今よりも
日本全体で力いっぱい崇拝されていた時期がありました。とりわけ昭和天皇の時代はそうだったと思います。


 その時も、天照大神の背後にいた悪霊の神は、日本が二百の都市に空爆を受けたり、二つの都市に原爆を投下されたりしないように日本を守ることができませんでした。実際、そのために昭和天皇は物事の成り行きを見て、古事記を神話だと言われたのだと思います。

(2)日本神道の信仰の根拠になっている元寇での神風

 昔元のモンゴル王国が日本に貢物を持ってくるように迫ったことがありました。しかし、その当時の政府は蒙古という号は聞いたことがない、日本は天照大神を崇拝する神国であって、なぜ、軍事力で脅かすのかと言って、元に好意的に応じませんでした。それで、元が軍事的な総攻撃をかけてきました。

元寇Wiki

 その時に、元は博多湾から侵攻し日本軍に甚大な損害を与え、日本は負けそうになっていました。その時に、日本の側の記録からすると、日本の神の化身の軍勢が現れて戦い、元の軍を打ち倒し、また、沖合で暴風雨が吹いて多くの元の軍船が沈没しました。そのため、元の軍勢は撤退しました。



 

0moko syurai

元寇の時に日本の背後にいた悪霊が力をふるった可能性もある


震天動地

 それで、日本人は、この元寇の時に起きたことから、日本の神道の神が実際に日本を救ってくれたと考えました。それで、日本は、その元寇の出来事から、天皇の先祖である天照大神や神道の神を崇拝すれば、日本を守ってもらえるという信仰があったのだと思います。

 それで、日本人と言えども何の根拠もなく、神道の神を崇拝しているわけではなく、日本の神が昔活動したことを覚えているので日本の背後にいるとされる神を崇拝しています。そして、最後には、神風が吹いて日本は奇跡的に神によって救われるという信仰があって、太平洋戦争中も神道の神に依り頼んで戦ったと思います。

 わたしは悪魔サタンと悪霊たちがどの程度までのことができるのかは、確認してはいないのですが、悪魔サタンは、かなりの力としるしを表すことができることが聖書に書かれています。聖書には、「サタンの働き」は「あらゆる強力な業と偽りのしるしと異兆を伴(う)」と述べられています。(テサロニケ第二2:9)


  さらに、聖書は悪魔サタンが、家の屋根が落ちるほどの「大風」を吹かせてその下敷きにさせて、大勢の人々が死ぬようにしたことが聖書に書かれています。 (ヨブ1:19)ですから、確かに元寇の時に海上で吹いた暴風は悪魔サタンが吹かせたものかもしれません。

 そして、霊者が人間の姿をとって現れるかどうかに関しては、次のような例は聖書に書かれています。例えばノアの日の大洪水の前には、「神の子たち」と呼ばれた神に不忠実になったみ使いたちが、人間の姿をとって現れて人間の娘たちと結婚したことが述べられています。(創世記6:1,2)

 また、大洪水後のアブラハムの時代に、み使いたちは、人間の旅行者の姿になってアブラハムの前に現れたことがありました。(創世記18:1,2)その時、エホバのみ使いは、アブラハムに同性愛の町ソドムに十人の義人がいればソドムを滅ぼさないと保証しました。(創世記18:32)

 でも、ソドムには、最終的には、その時点でロトとふたりの娘たち、計三人しか義人がいなかったので、エホバ神はソドムを滅ぼすという決定をくだされました。いずれにしても、後に悪霊となったみ使いたちも、エホバに忠実なみ使いたちも人間の姿をとって人間に前に現れることができます。

 しかし、後になって聖書は、奇跡や異言が過ぎ去ることを予告しました。ですから、元寇の時に、現れたとされる神道の神の化身が、悪霊の姿が変えられたものだったのか、単に人間の軍隊を勘違いしたのかは幾らか判断ができません。しかし、そのような例が聖書にあるのは事実です。

 元寇の時には、日本の背後に存在する悪霊は、モンゴルの元の背後にある悪霊を敗北させることができたのでしょう。それで、日本の神道の神は、日本人からその後、何百年にもわたって崇拝されるようになりました。


(3)死者の霊に対する信仰は悪霊崇拝を意味しておりまことの神の怒りと神罰を招く



 神道の場合には、神風特攻隊として戦った若者たちは、死ねばあの世に霊魂が生き残って神になると信じていました。この神道の信仰は、死ぬと土の塵に帰るという聖書の教えと対照的です。(創世記3:19)

 そして、三島由紀夫なども、二・二六事件で死んだ将校の霊に自分がとりつかれているのではないかと恐れていました。三島由紀夫は、二・二六事件銃殺刑に処せられた青年将校と、神風になろうとして死んだ特攻隊員のを描いた「英霊の声」という小説を書いています。

 しかし、彼が恐れていたのは、実際には悪霊でした。聖書は悪霊が死んだ人のふりをすることを明らかにしています。(サムエル第一28:14-15)

 

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死者話をすることができないので死者のふりをしているのは悪霊


 

  詩編には、「 死者はヤハを賛美しない。また,沈黙へ下って行く者もだれひとりそうしない。」と述べられています。ですから、霊媒を通じて連れ出される死者は、実際には悪霊なのです。

 ですから、死者に祈りを捧げることも悪霊に犠牲を捧げること、すなわち、悪霊を崇拝することを意味しています。詩編の中では、死者の犠牲とバアル崇拝が結び付けられています。(詩編106:28,29)

 ですから、死者への黙とうなどを大きな地域のイベントとして行うならば、エホバ神の激しい怒りを引き起こし神罰を招くでしょう。


(3)太平洋戦争とその後の国難で日本を守る力がないことを表した日本の悪霊の神

 しかし、悪霊はかなりのことを行えますが、太平洋戦争の時は、キリスト教の神の名を背景にして戦った米国を敗北させることはできませんでした。


 


 

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昔日本が挙国一致で崇拝した天照大神は・・・

 

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Tokyo after the massive air raid on 10 March 1945. 現在の中央区東日本橋付近。隅田川が見える。
 

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原爆のきのこ雲
天照大御神は太平洋戦争の惨禍が日本に起きないように守ることはできなかった

 

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東日本大震災の津波の後の陸前高田市

天照大御神は日本に東日本大震災が襲わないように日本を守ることができなかった

 

 しかし、エホバ神はすべての国民に対し公平です。「どの国民でも,[神]を恐れ,義を行なう人は[神]に受け入れられる」と述べられています。(使徒10:34,35)

 ですから、エホバ神はどの国民に対しても、公平に扱われます。もし、米国、あるいはロシアなり、中国なり他の国家が日本が全く神の目に正しいことをしていたのに、不当なことをしたというのであれば、エホバ神はその分をそれらの国家に対して問われるでしょう。


 なぜなら、ゼカリヤ書にこういう言葉があります。「安楽にしている諸国民に対しては大いなる憤りをもって憤っている。わたしは少しだけ憤ったのだが,彼らは災いを助けたからである」(ゼカリヤ1:15)

 すなわち、昔エホバ神はご自分を崇拝していたイスラエルがご自分に対して罪を犯したので、彼らに対して憤りを表明されました。でも、エホバ神はイスラエルに対して少しだけ憤られたのですが、諸国民は過度にイスラエルに災いをもたらしました。

 それゆえに、エホバ神は諸国民に対して大きな憤りを感じられ、後になってそれらの国家に滅びをもたらすことによって、公正に行動されました。

 でも、歴史的に今までの日本はやはり、全国挙げて天照大神を崇拝していることを表明してきました。そして、日本政府の関係者が行ってきたことは、いわゆる一般的に愛ある親切な事であったとしても、決してエホバ神を喜ばせて高めるという動機で行われてこなかったことは事実だと思います。

 それは、エホバ神の崇拝を中心としたものではありませんでした。そのために、日本政府が、誠実な努力を払っても、成功してこなかったと思います。

 そして、エホバ神への崇拝を目立たない仕方で隠れて少しだけ行ったとしても、それはエホバ神を喜ばせません。エホバ神は公言して行われるご自分への崇拝だけを認められる神だからです。(マタイ10:32,33)

 

 それで、日本政府にも全日本国民にも、聖書の神エホバの崇拝に目を向けるようにお勧め致します。わたしは、天皇と日本政府と全国の都道府県知事が、天照大神を力いっぱい崇拝し続ける限り日本には国難が臨み続けると思います。



 でも、石原東京都知事の時に、東京は経済的にも比較的に安泰でした。石原元都知事は、歌舞伎町から性の不道徳を根絶する用努力されました。わたしは石原都知事が意識しておられた神は、聖書の神だと思います。神道の神には道徳基準がありません。聖書の神だけが淫行や売春を嫌われるからです。


 石原都知事がなさったことから、都知事の采配で、風俗街が繁盛しないようにすることができることが分かります。実際、そのようにできるのは、自治体の長だけだと思います。他の誰がそのようにできる立場にあるでしょうか。


 小池都知事にしても、そのようにされて聖書の神の祝福を求められるようにお勧め致します。小池都知事は、パチンコ店の場合は、店名を明らかにしたことがあったように思いますが、風俗店の場合は、東京都の指示に従わない店の名前を公表しないのだそうです。


 徹底的にしなければ、決して、石原都知事のようにはできないと思います。もちろん、小池都知事もそのようになさる際に、聖書の神エホバに祈られて助けと祝福を求められるようお勧めしたいと思います。


 その方が、東京全体の健康と評判と神からの祝福に良い影響があると思います。


 わたしは、東京一極集中と言われて、近年に至るまで東京が経済的にも繁栄していたのは、石原知事が聖書の神に敬意を払われて、聖書の基準を守るよう努力をされ、また、東京に全国で一番クリスチャンの数が多いことに原因があるのではないかと思います。


 日本は、おおよそ全人口の1%か2%ほどがクリスチャンだと思いますが、東京のクリスチャンの数は、80万人くらいだとされています。日本全体のかなりの割合のクリスチャンが東京にいるのです。



(4)昔神は淫行と偶像崇拝のために疫病で民に神罰を下された


  昔、エジプトの奴隷状態から助け出されたイスラエル人がシッテムの荒野に宿営していました。その時、モアブ人の娘たちがイスラエル人のもとにやってきて、「民はモアブの娘たちと不道徳な関係を持ち始めた。 そして女たちが民を呼びに来て,その神々への犠牲をささげることにいざなった。そのため民は食べたり,彼らの神々に身をかがめたりするようになった。」

 それで、イスラエル人はバアル神に対する偶像崇拝をして、異教の崇拝者たちと淫行を行いました。「そのためエホバの怒りがイスラエルに対して燃え」ました。(民数記25:1-3)


 それで、エホバ神はイスラエル人の上に神罰をもたらされました。「その神罰のために死んだ者は二万四千人」に上りました。

  イスラエルに臨んだ疫病はどのようにして終息したのでしょうか。祭司ピネハスは神の道徳基準と全く一致していることを示して、エホバの怒りをなだめることができました。

 その時、祭司ピネハスは神に対して熱心さを示し、不道徳な関係を持っていたイスラエル人のジムリという男のコズビという女を自ら処刑しました。その結果、ピネハスのエホバ神の基準に対する熱心さは、エホバ神に喜ばれて「神罰はイスラエルの子らの上からとどめられ」ました。(民数記25:8,9)

 そして、ピネハスの熱心さのために疫病がとどめられ、イスラエルの全国民が滅ぼし絶やされるいうことにはなりませんでした。そして、ピネハスは報いを受けピネハスの家系が祭司職受け継いでいくという裁定をエホバ神から受けるという結果になりました。(民数記25:11-13)


 それで、
今世界で起きている同性愛や淫行が根絶されるために実行力の伴った行動ができるのは、政治のトップや自治体のトップなのではないでしょうか。

 

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祭司ピネハスがエホバの律法に対する熱心さを示したためにエホバの怒りがなだめられ疫病はとどめられた



 聖書の他の出来事では、「神罰」のために七万人が犠牲になり、それは「疫病」であることが明記されています。(サムエル第二24:15,25)ですから、シッテムの荒野で、イスラエル人が経験した「神罰」も「疫病」でしょう。

 それで、エホバ神は偶像崇拝と淫行を憎まれ、人々に疫病をもたらして人々が死ぬようにされるということが分かります。

 実際、エホバ神はご自分の基準を断固として守ることを求められる一般の人々の基準からしたら厳しい方です。わたしはこのことが現在、コロナ禍として世界的に起きているのではないかと思います。

 
さらに、ピネハスは大祭司の孫の祭司でしたが、自分でできる最善のことを熱心に行ってエホバ神に喜ばれました。(民数記25:11-13)

 でも、エホバ神のご意志を熱心に行って喜ばれたのは、祭司だけでなく、例えば、エヒウなどの要人が預言者によって伝えられたエホバ神のご意志を熱心に行ってエホバ神に喜ばれ、エヒウはその報いを受けたこともありました。(列王第二10:30)

(5)とりわけ政治のトップの立場にある人々が神の道徳基準を固守することにより神の恵みを得られる

 ですから、天的と地的であるとを問わずクリスチャンであれ、聖書の神に小さな信仰を抱く権威のもとに置かれた人であれ、どんな立場の人であれ、その立場でエホバ神に喜ばれることを最善を尽くして行うならば、エホバ神から報いていただけるという事を意味していると思います。


  小池都知事も聖書の神エホバを意識されて、この方に敬意を払うよう努力を払われるようお勧め致します。その方が、少しでも、東京で2020年のオリンピック開催の可能性が開けるかもしれないと思います。石原都知事が、聖書の神に敬意を払っていた時のように、東京の益のために行えると思います。

 それらの政治のトップがエホバ神に依り頼みつつエホバ神の基準が擁護されるように最善を尽くす時、エホバ神はその政治のトップの領域から、コロナ禍をとどめるようにしてくださる可能性があると思います。