(1)海にあるすべての生きた魂が死んだとは?
 

  七人のみ使いの第二の者が鉢の中から災厄を海に注ぎ出すと海が死人の血のようになり海にあるすべての生きた魂が死にました。(啓示16:3)海にあるすべての生きた魂が死ぬとは何を意味するのでしょうか。

 

 マタイによる書にあるイエスの天の王国についてのたとえ話によると、み使いは事物の体制の終結の時に、海からあらゆる種類の魚を引き網で寄せ集め、良いものとふさわしくないものをより分けました。魚は、義人と邪悪な者です。(マタイ13:47-50)ですから、そのたとえ話では、魚は人々です。


 

fish

良い魚と悪い魚は義者と邪悪な者すなわち人々




 

  海にいるすべての生きた魂が死ぬとは、魚が神の目から見て、ふさわしくないものになることを意味しているでしょう。つまり、先ほど述べたように人々は、剣をとって戦うことを強制され、人々はそうすることを進んで受け入れるために、神の目から見て、霊的に死んだものとみなされるということだと思います。さらに、文字通りにも死んでしまうことを意味しているでしょう。



 

dead fish


Andrew E. Russell
海の魚が死ぬとは人々が神の目にふさわしくなくなり最終的に文字通りにも死ぬことを意味する




 

 確かに三度目の北の王の南の王に対する総攻撃はおおむね成功することになります。しかし、北の王の兵士として剣をとって戦う者たちは、その反撃を経験することになります。北の王の同盟軍も、南の王を攻撃する時、犠牲無しではすまないでしょう。聖書は「剣をとる者は剣によって滅びる」と明言しているのです。(マタイ26:52)それで、北の王の側の同盟軍も命を失いますから、海が死人の血のようになったと言う事ができます。

 

 また、とりわけ南の王の領土に住む人々は、最終的に文字通りに、ほとんど皆殺しされることになるでしょう。それで、南の王の土地に住む者たちに関しては、文字通りにも、ほとんどすべての生きた魂が死ぬという結果になるでしょう。(啓示16:3)


 

dead soldiers
勝った者も負けた者も大勢剣をとって戦う者は剣で命を失う結果になる




 

(2)大患難での戦闘を促進するのは誰か?

 

 神の民の側から「地に住む者たちに対する復しゅう」をエホバ神に呼び求める声があがります。(啓示6:10)神の民は、主に、大いなるバビロンから迫害を受けます。しかし、神の民は、北と南の同盟国からも迫害を受けて犠牲者が出ます。神の民は「あらゆる国民」から憎しみと迫害を受けます。(マタイ24:9)ですから、神の民は最終的に自分たちの流された血に関して、エホバ神に復しゅうを祈り求めることになります。(啓示6:10)

 

   しかしながら、王国の希望を持つクリスチャンは、地の四方から風が吹かないようにする努力をしています。(啓示7:1)それは、大患難が起こらないようにする努力です。

 

しかし、エホバ神は、その努力をストップさせることにより、北の王とその同盟軍が、自分たちの思い通りにするようにさせます。その結果、大患難が起こることになります。それで、聖書と神に忠実な民が、大患難を促進する事はないのです。むしろ、その事態が発展しないようにとどめる努力をしているのです。

 

 

 

それゆえに、啓示16章には、第二の者が神の怒りを注ぎ出すと、海が死人の血のようになり、すべての生きた魂が死ぬことになりますが、北の王と南の王とその同盟軍自らが流血の罪を犯すことを追い求めます。そして、聖霊で油そそがれたクリスチャンによる神の宣言により、そのことが明らかになります。

 







 

soldiers
北の王と南の王が自ら血の罪を負うことを追い求めることになる




 
four angels

四人のみ使いの聖なる者たちは神の怒りの風が吹かないように抑える努力を払っている