啓示の書には、大いなるバビロンが聖なる者たちや預言者たち、また「イエスの証人たち」の血に酔うことが預言されています。(啓示17:6;18:24)このことが生じるのはどうしてでしょうか。エホバ神はご自分を愛する忠節な者たちを保護すると言明しておられるのに、どうしてこのような事態が生じるのでしょうか。(詩編31:23)どのようにこの事態を緩和できますか。



 

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どのように大娼婦大いなるバビロンが神の民の血に酔う事態を避けられますか




 

 

 

(1)啓示の書は神の言葉の証しのために殉教するクリスチャンが数多くなることを預言

 

 啓示の書には、「神の言葉のために,またその行なっていた証しの業のためにほふられた者たちの魂が祭壇の下にいるのを見た。」とあります。そして,彼らは大声で叫んで言った,『聖にして真実な,主権者なる主よ,あなたはいつまで裁きを控え,地に住む者たちに対するわたしたちの血の復しゅうを控えておられるのでしょうか』」(啓示6:9-10)


 

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聖書は神の言葉の証のために殉教するクリスチャンが存在するようになることを否定してはいない




 

 ですから、聖書は神の言葉の証しの業のために命を失うクリスチャンが存在することを、当然否定はしていません。それらのクリスチャンには、白い衣が与えられます。(啓示6:11)つまり、神の目から義なる者だと宣言されるということを意味すると思います。それらのクリスチャンは、天であれ、地であれ復活することになります。

 

 この後の部分で、神の言葉の証しのために殉教するクリスチャンが現れることを否定はできないとは言え、その事態をどのようにして緩和するかを述べたいと思います。

 

(2)聖書は野獣の崇拝を断固として拒否するために殉教するクリスチャンが存在することを預言

 

   聖書は、サタンの座があるところで、「わたしの証人,また忠実な者であるアンテパス」が、「わたしに対する信仰を否定しなかった。」と述べています。(啓示2:13)アンテパスは皇帝崇拝を退けイエスに対する忠実を保って殉教したと考えられます。


 

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アンテパスは野獣の崇拝を拒絶して信仰を保ち殉教したと考えられる




 

 また、アンテパスが殉教した場所は、「サタンの座のある所」と述べられています。(啓示2:13)サタンの座のある所とはどこでしょうか。啓示13章によると、龍、すなわちサタンは自分の座を野獣に与えました。(啓示13:2)
 

 現在の所、わたしは啓示13章の野獣とは、米国とヨーロッパの一部と中東諸国、中央アジアの地域の諸国家ではないかと考えています。そうした諸国家においては、とりわけ、野獣の崇拝の要求が強くなることが考えられます。従来、中東諸国では、独裁者が支配して、政治支配者に対する崇拝を要求して、兵士となり、武器をとって戦うようにという圧力はswmいものがありました。




 

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中東では武器をとって戦うようにという圧力は大変大きい


 


 

  アンテバスはイエスの「証人」と言われています。彼はイエスに対する信仰を証明して命を失いましたが、イエスには是認されていました。ですから、アンテパスは天あるいは地に復活することになります。

 

(3)大娼婦の自国に対する崇拝

 

 南の王、すなわち大娼婦大いなるバビロンは、他の人々を迫害して命を奪うことにつながる特性を持っています。南の王は自国に対する崇拝を求める国です。大娼婦の額にある名は自分が神として崇拝している名前を意味しています。(啓示14:1)そして、大娼婦は額に「大いなるバビロン」という名前が書かれているので、それは大娼婦が自分自身を崇拝していることを意味しています。(啓示17:5)

 

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額にある名はその人の神の名

バビロンの額に彼女自身の名があるのでバビロンは自分の崇拝者

 



 

 そのために、南の王は、自国のために武器をとって戦うことを求めます。そのため、それを拒否する良心的拒否者の米国民は、命を奪われるという可能性は将来高くなるでしょう。 (啓示17:5,6)さらに、米国では、自国に対する忠誠の誓いをしたり、国旗に忠誠を表明することをとりわけ強く要求したりします。

 

 愛国心はどこの国でも強いのですが、米国人はとりわけ愛国心が強く、小さな頃から自国に対する誇りと忠誠心を教え込まれます。たとえば、米国大統領が演説の中で、「米国は強い」ということを述べて、その言葉に米国人が熱狂するという場面があります。それで、米国民は一般的に世界で一番軍事的に強い国家であることを誇りに思っています。

 

 ですから、米国の大統領に対して盲従することを求める圧力が米国では他の国家よりも強くなりがちでしょう。しかし、これは他の多くの国家の政治指導者に関しても同じような傾向がみられることがあります。

 

 ですから、聖書は神の言葉の証しのために殉教するクリスチャンが存在することを否定はしていません。それは、米国内にも見られることになるでしょう。また、野獣の崇拝が要求されて、それを拒否するために殉教するクリスチャンがいることも予期できます。しかしながら、それでも、神の律法を守り、助言に聞き従うクリスチャンの生存率は、全体的に良いことになるでしょう。

 

 では、クリスチャンが聖書の言葉の証しをしたり、また、政治指導者の近くで働いている場合、どのようにして、自らの命を守れるかを次の記事で考察したいと思います。