エゼキエル20章・聖書中の嫌悪すべきものとは何か | ヨハネのブログ

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「彼らがその目に嫌悪すべきものをそれぞれ投げ捨てず、エジプトの糞像を捨てなかったので、わたしはわたしの激しい怒りを彼らの上に注ぐと約束した。」(エゼキエル20:8


エゼキエル20章には、「嫌悪すべきもの」という表現が出てきます。これは、何を意味するでしょうか。この理解は、マタイ2415節に出てくる「荒廃をもたらす嫌悪すべきもの」に関する私たちの理解に貢献します。荒廃をもたらす嫌悪すべきものの実体を理解するならば、私たちのその実体に対する考え方を調整できます。



旧約聖書にも、新約聖書にも「嫌悪すべきもの」という表現が登場してきます。聖書全体で、語の用い方が一貫しているのは、興味深いことです。このことは、聖書全体が一貫して、ひとりの神の霊感を受けていること、聖書を解釈する上で、聖書全体を参考にできることを示しています。



冒頭のエゼキエル208節では、イスラエル人が、投げ捨てなかったものとして、「嫌悪すべきもの」と「エジプトの糞像」が同列に置かれています。ですから、「嫌悪すべきもの」とは、糞像つまり偶像を意味していることが分かります。



「嫌悪すべきもの」はマタイ2415節のイエスの言葉の中に出てきます。イエスは、大患難の前に、「荒廃をもたらす嫌悪すべきもの」が「聖なる場所に立っている」のを見かけたらなら、「山に逃げはじめなさい」と勧めておられます。(マタイ241516)では、この「嫌悪すべきもの」とは、何を意味しているのでしょうか。エゼキエル20章からすると、「荒廃をもたらす嫌悪すべきもの」も何らかの偶像であることが分かります。



イエスの言葉によると、「荒廃をもたらす嫌悪すべきもの」は、ダニエル書でも言及されています。(マタイ24:15



「荒廃をもたらす嫌悪すべきもの」はダニエル1131節に登場します。そこでは、「彼らは荒廃をもたらす嫌悪すべきものを必ず据える」と述べられています。北の王と南の王の抗争が説明されている文脈の中で、それは登場しています。ですから、それは、北の王、もしくは南の王によって据えられる偶像です。



聖書の中に、国家が偶像を作ることが述べられているでしょうか。述べられています。啓示13章には、子羊のような二本の角のある野獣が、「剣の一撃を受けながら生き返った野獣のために像を作るようにと地に住む者たちに言う」と述べられています。(啓示13:14)それで、子羊のような二本の角のある野獣は「像」つまり「嫌悪すべきもの」を率先して作ったことが分かります。


二本の角のある野獣の特徴を検討すると、それはアメリカ合衆国であることが分かります。そのことについては、「啓示13章・子羊のような二本の角のある野獣とは何か 」「啓示13章・別の野獣は第一の野獣の像を作る 」「啓示13章・核兵器の使用の大いなるしるし 」を参照されてください。


啓示13章・子羊のような二本の角のある野獣とは何か

ですから、これは、西暦1945年にアメリカ合衆国の大統領フランクリン・ルーズベルトの提唱によって第二次世界大戦後の国際組織、すなわち国際連合が設立されたことを意味しています。



国際連合は、啓示1312節に登場する主の日における世界的な政治組織を代表するものです。すなわち、その像であると言えます。ですから、現代の南の王を攻撃して大患難をもたらす「荒廃をもたらす嫌悪すべきもの」は、南の王であるアメリカによって提唱された国際連合であることが分かります。



確かに、国連のスタッフは世界の平和と安全のためという良い動機で働いています。しかし、聖書的観点からすると、それはエホバ神の代わりに世界の平和と安全をもたらすものとして崇拝される可能性のある「嫌悪すべきもの」すなわち偶像です。ですから、私たちは、世界の平和と安全のための国連の働きに敬意を払いつつも、国連を平和と安全をもたらす手段としてエホバ神の代わりに頼ることのないよう気をつける必要があります。






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