「エホバは続けて言われた。『都の中、エルサレムの中を通れ。その中で行なわれているすべての忌むべきことのために嘆息し、うめいている者たちの額に、あなたは印をつけなければならない。』」(エゼキエル9:4)
エホバは、大いなるバビロンの滅びを逃れる人にどんな特質を求めておられるでしょうか。それは、エゼキエルに与えられた幻から分かります。エゼキエルは、バビロンで、エルサレムで行なわれることについて示す幻を与えられました。その幻の中で、「亜麻布をまとい、腰に書記官のインク入れを帯びた人」にエホバは、冒頭の聖句にあるように、人々の額に印をつけるという務めを与えられます。
書記官のインク入れを帯びた人が印をつけた人々は、エルサレムの滅びを逃れることになりました。どんな人が額に印をつけられたのでしょうか。エルサレムで行なわれている「すべての忌むべきこと」のために嘆息している者たちが印をつけられました。そして、幻によると、その書記官に六人の人が武器をもって従っており、額に印をつけられていない者を討って殺し尽くしました。印をつけられた者たちは、エホバの刑執行者の刑を免れました。(エゼキエル9:2,5,6)
これは、文字通りに起こったことではありません。この幻は基本的にどんな人がエルサレムの滅びを生き残るようにエホバが取り計らわれたかを示しているようです。
それは、どんな人でしょうか。嘆息すべき「すべての忌むべきこと」とはどんなことでしょうか。また、それは、エホバがエルサレムの滅びを生き残る人に何を期待しておられたことを示しているでしょうか。
エゼキエル8章の、エホバがエゼキエルに与えたエホバの神殿の幻によると、エホバの神殿のただ中で、「忌むべきこと」「大いなる忌むべきこと」が行なわれていました。それは、あらゆる種類の偶像崇拝でした。それは、異国の神々であるねたみの象徴に対する偶像崇拝、獣また糞像に対する偶像崇拝、タンムズ崇拝、太陽崇拝などでした。(エゼキエル8:5,6,10,14,16。申命記32:16)エホバの崇拝者は、エホバの神殿のただ中で行なわれていた偶像崇拝を嘆息しているべきでした。
また、エルサレムでは、昔からユダの王が、ヒンノムの谷で、モレク神に子供を犠牲として捧げて殺すという慣行がありました。(列王第二23:10。エレミヤ32:35)これもエホバを崇拝する心ある人にとって、「忌むべきこと」、嘆息すべき事柄でした。(エゼキエル16:20~22)
また、エゼキエル書の中では、偶像崇拝以外にも、強盗、流血、不道徳、貧しい者を身体的経済的に虐待すること、血を食べること、剣に頼ることなども、「忌むべきこと」として列挙されています。(エゼキエル18:10~13;33:25,26)
ですから、エルサレムには神の律法に違反するあらゆる邪悪な「忌むべきこと」が満ちあふれていましたが、それら「忌むべきこと」に対して嫌悪や嘆きを抱いている人々には、エルサレムの滅びを生き残るという機会が差し伸べられました。
エレミヤは、エルサレムがバビロンに包囲されている間、人々にバビロンに投降し、バビロンに行って生き延びるように勧めました。(エレミヤ38:2)ですから、エルサレムの堕落を嘆いている者たちは、エレミヤの勧めに従って、バビロンに降伏し、エルサレムを出て、命を永らえた者もいたことでしょう。また強制的に、とりことして、エルサレムからバビロンに連れて行かれた人や、幸いにもバビロンによるエルサレムの攻撃を生き残った人もいたことでしょう。エホバはおおむねご自分の目に正しい心を持つ人がエルサレムの滅びを生き残るように取り計らわれたようです。
このことは、大いなるバビロンの滅びについても言えることでしょう。大いなるバビロンは、聖書の神を崇拝すると自称しながら、聖書に示されている神の律法から大いにかけ離れています。大いなるバビロンアメリカ合衆国の中では偶像崇拝や暴力犯罪、流血、性の不道徳、近親相姦などが満ちあふれています。最近、アメリカ社会の崩壊をよく示すデータをネット上で見つけましたので、参照されてください。アメリカ社会についての統計がよくまとめられています。
家庭と教育をどう再建するか~米国からの提言
http://www.plajapan.org/info/01.html
アメリカでは、聖書の神を崇拝すべき教会の中で、宣誓や国旗崇拝など国家崇拝と言う偶像崇拝が行なわれています。また、アメリカでは、軍備の増強によって軍事力への偶像崇拝が行なわれています。また自国の崇拝のために、自国の若者たちが兵士として犠牲になっています。聖書の神の律法を知っている人は、大いなるバビロンの中の状況を、嘆息し、うめくことでしょう。そのために彼らにとって、「彼女(大いなるバビロン)から出なさい」という命令に従うことが容易になるでしょう。(啓示18:4)
大いなるバビロンの中で行なわれている忌むべきことに対して目をつぶらないでください。大いなるバビロンの中で行なわれていることに対して、大きく目を見開いて見るようにしてください。大いなるバビロンは、聖書の神を崇拝していると自称しているゆえに、さまざまな邪悪な行いは聖書の神にとってとりわけ「忌むべきこと」です。エホバはそうした邪悪な事柄を当然のこととして受け入れるのではなく、「嘆息し、うめく」心を求めておられます。そうすれば、将来の緋色の野獣の総攻撃という災いから救われるために、大いなるバビロンから離れるように促されるでしょう。(啓示17:16。マタイ24:15,21)
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