昭和53年に、東京の高校生が長期間にわたり、母親に暴力を振るい続け、それを見かねた父親が息子を金属バットで殴って殺してしまったと言う痛ましい事件がおきました。この事件がきっかけとなり、「家庭内暴力」という言葉が世間に広まりました。もちろん、親が子供を殺したのは、正しいことではありませんでしたが、その事件はもとはと言えば、若者の親に対する不敬から始まりました。
最近では、親に対して暴言を吐いたり、家庭内の器物を壊したり、親に暴力を振るったりする若者、親に対する反抗として、学校や職場に行かない若者も少なくありません。そのような親に対する暴力や反抗が長期化している家庭もあります。そのような問題の根底にあるのは、親に対する敬意のなさです。
私たちは親をどう見るべきですか。敬意を払うのが難しい問題のある親の場合はどうですか。聖書は何と述べていますか。
親を『敬いなさい』
イエスは、『あなたの父と母を敬いなさい』そして『父や母をののしる者は死に至らせなさい』という聖書の言葉を引用されました。(マタイ15:4。マルコ7:10)
イエスの言葉はモーセの律法からの引用でした。十戒の5番目の掟は、「あなたの父と母を敬いなさい。」となっていました。(出エジプト20:1。申命記5:16)また、レビ記には、「自分の父や母の上に災いを呼び求める者」を「死に処(す)」ようにという規定がありました。(レビ20:9)
ですから、エホバ神もイエス・キリストも、親を敬うように、親に暴言を吐いてはいけないと述べています。ですから、親に暴力を振るったり、親に暴言を吐くことを聖書は非としています。では、親を敬うとはどんな意味がありますか。
『敬う』ことには,正当に与えられた権威を認めることが含まれています。例えばクリスチャンは,「王を敬いなさい」と命じられています。(ペテロ第一 2:17)国の支配者と必ずしも意見が同じでなくても,その地位もしくは職務に対して敬意を払わなければなりません。それと同じく,神は両親に,家庭における一定の権威をお与えになりました。それで、子供は国の支配者の権威を敬うように、家庭で決められた規則に従うことによって親を敬うことが求められています。
クリスチャンは、自分を愛するように隣人を愛するようにと言われています。(ルカ10:27。ローマ13:9)親と同居している子供の場合、一番身近な隣人は、親でしょう。ですから、クリスチャンは、親に対して愛や感謝を培うように努力すべきでしょう。
また、聖書の中で「敬う」と訳されている原語のギリシャ語動詞には,ある人を大きな価値のある人とみなすという基本的な意味があります。ですから子供は親を,深く尊敬すべき大事な人とみなすように努力すべきでしょう。これには,親に対して優しい気持ちや感謝の念を抱くことも含まれています。
敬うことには、親が家庭で決めた規則に従うことを意味します。(エフェソス6:1)また、聖書は単に成長期に同居している間だけ親を敬うだけでなく、親が年老いてしまった時もその助言を軽視しないようにと勧めています。(箴言23:22)また、親が困窮した時、物質面で援助することによってもその敬意を表すことができます。(マタイ 15:4‐6; テモテ第一 5:3,4)
ではなぜ親を敬うべきなのでしょうか。親を敬うべき理由とはなんですか。親を敬うならどんな益がありますか。これは、次回扱いたいと思います。
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次回は、「なぜ『父と母を敬う』べきなのだろうか(2)-敬うべき理由と益」の記事をアップしたいと思います。この記事は、「若い人が尋ねる質問 実際に役立つ答え」の1章「なぜ『父と母を敬う』べきなのだろうか」の中に示されている事例を参考にして作成されています。
親を敬いなさい
