詩編38編・ダビデは自分の罪により苦しむ | ヨハネのブログ

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聖書の真理に基づく黙想

「あなたの糾弾のゆえに、わたしの肉には健全な所はありません。わたしの罪のために、わたしの骨には平安はありません。」(詩編383




詩編38編の中で、ダビデは、自分の罪のために苦しんだことを言い表しています。ダビデは、ウリヤの妻バテ・シバと姦淫し、罪のないウリヤが死ぬように取り計らうという大罪を犯しました。そのために、ダビデは預言者ナタンを通して、自分の家族から生じる剣の災いを経験することが予告されていました。(サムエル第二1211)ナタンの予告どおり、ダビデの息子アブサロムは、ダビデに反抗して、自ら王となり、ダビデを亡き者にしようとしました。ダビデは、そのことをエホバ神からもたらされた糾弾とみなしました。




冒頭の聖句にあるように、ダビデは、自分の罪のゆえに平安を失いました。ダビデは、ナタンを通して示されたエホバの裁きの言葉のゆえに、大いに苦しんだことでしょう。エホバの糾弾の言葉は、ダビデの身体全体に悪影響を及ぼしました。




また、詩編384節の中で、ダビデは自分の罪が非常に大きなものであることを認めています。ダビデは、「わたしのとががわたしの頭を越えたからです。重い荷のように、それらはわたしにとって重すぎるのです。」と述べています。ダビデは自分の犯した大きな罪に唖然としたことでしょう。



また、ダビデにとって自分の罪は、悪臭を放つうみをもった傷のようでした。(詩編385)ダビデは、自分の罪とエホバからもたらされた災いのゆえに苦しみ、一日中悲しみました。(詩編386)ダビデは腰が熱くなったように感じ、また、自分の身体全体が病んでいるように感じました。(詩編387)ダビデは極度に打ちひしがれ、大声を上げてうめきました。(詩編388)ダビデの心臓は激しく鼓動し、ダビデから身体の力は去りました。ダビデの目の光は失われました。(詩編3810



このような苦しみの中で、どのようにダビデは、エホバに向かったでしょうか。ダビデはエホバに祈ることをやめませんでした。ダビデは、自分のとがをエホバに言い表しました。(詩編3818)そして、エホバに自分を捨てないように懇願しました。(詩編3821)さらに、自分を助けに来てくださるようにエホバに懇願しました。(詩編3822



最終的に、ダビデの祈りは聞き届けられました。ダビデはエホバの警告どおり、エホバの不興を被って災いを経験しましたが、許されて、命と王位を永らえることができました。ダビデは、最後には、エホバが許してくださったことを感じて、平安のうちに生涯を閉じました。



私たちもエホバに対して大きな罪を犯してしまい、エホバからの保護や祝福を失って災いを経験しているように感じることがあるかもしれません。そのために精神的に大いに苦しむことがあるかもしれません。



そんな時でも、エホバが私たちを捨て去ってしまわれないようにエホバに懇願し、エホバに罪を告白し、罪を悔い改めましょう。エホバからの救いがもたらされるようにエホバにお願いしましょう。エホバからどんな時でも離れないようにしましょう。



エホバは私たちのエホバに対する粘り強さのゆえに、私たちの罪を許してくださり、再び是認と祝福を与えてくださることでしょう。





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