聖書はクリスチャンの大多数は、この地上で永遠の命を楽しむようになるという希望を差し伸べています。(詩篇37:29)
「この方はわたしたちを,ご自分の神また父に対して王国とし,祭司としてくださったのである―実にこの方にこそ,栄光と偉力が永久にありますように。アーメン。」(啓示1:6)
聖書の啓示の書はある人々が、王国の王,祭司として天から支配するようになることを示しています。
イエスは贖いの犠牲となってくださって人類の中から人々を買い取り、それらの人がキリストの千年支配の間、神の王国の王また天の祭司として奉仕するように取り計らわれました。(啓示20:6)ヨハネはそのことについてイエスを賛美しています。
多くの教会では、教会員はすべて天に行くと信じています。
しかし、当然、王、また祭司として奉仕するのは、人類のすべてでもなければ、クリスチャンのすべてでもありません。
なぜなら、箴言14章28節には、「民の多いことには王の飾りがある。」とあるからです。
ですから、王がいるなら、それよりも人数の多い支配される民が存在するはずです。支配される民がひとりもいないなら、その者は王とは言えません。
さらに、昔イスラエルで大祭司として任命されたのは、ひとりであり、従属の祭司たちも、大祭司の補佐をしましたが、当然イスラエル人のすべてが祭司になったわけではありませんでした。
それで、キリスト教の体制下で、王また祭司として選ばれ天に行くのは、神のしもべの一部であることが分かります。