「アブサロムと比べて,全イスラエルでそれほどまでにたたえられた美しい人はいなかった。その足の裏から頭のてっぺんまで彼には欠陥がなかった。」(サムエル第二14:25)
アブサロムは際立って美しい男性でした。
アブサロムがダビデからイスラエル人の心を盗むことができたのは、彼の美しさも働いていたに違いありません。
彼の美しさは、彼を誇り高ぶらせ、イスラエルの王権を求めさせる結果になったと思われます。王権を求めた際にアブサロムはエホバ神に導きを求めることはありませんでした。
さらに、エホバ神の油そそがれた王に決して反逆したり、殺す機会があっても、そうしようとしなかった父親ダビデの模範に倣わず、油そそがれた王であるダビデに反逆しました。
聖書はさらに、アブサロムの弟のアドニヤも、姿が非常に良く、おそらくそのせいだったかもしれませんが、父親のダビデは、アドニヤを一度もたしなめたことがなかったとも記しています。(列王第一1:6)
信仰のあるダビデも、アドニヤの外見に影響を受けてアドニヤには甘かったと言えるかもしれません。その結果、アブサロムの弟のアドニヤも自ら王になろうとするというせん越なことをしました。
もちろん、美しい人であることは悪いことではありません。聖書はダビデも、「美しい目をした、容姿の麗しい若者であった。」と述べています。(サムエル第一16:12)
けれども、アブサロムやアドニヤに起きたことは、神に是認され、人生において成功するために、容貌や容姿がすべてではなく、人の内面が重要であることを示しています。
神は目に見えるところではなく、心がどうかをご覧になります。(サムエル第一16:7)
また、外見の良い人はそれによって誇り高ぶって、野心を抱かないように、また、エホバ神の導きを絶えず求める必要性を忘れないように特に気をつける必要があるということが分かります。(箴言16:5)
そして、聖書は人間が外見を見て判断する傾向があることを警告しています。(サムエル第一16:7)
それで、人の外見によって、その人の人間性に関する判断を曇らせないように、気をつける必要があることも分かります。