人には『キャパシティ』ってものが存在するんだなぁってお話です。

 

日曜日、私は疲れ果てていました。

 

この時期 汗だくになっているにも関わらず、

お風呂にも入れずに8時に寝てしまうくらいに。

 

友達にもメッセを送りました。

 

疲れ果ててしまったので、来週まで海の底に沈むことにします って。

 

3日には富山に行くし、

今週末には胃カメラを使ってのガン検査があるし、

日曜日には仕事だし、

休みなし ノンストップで日曜日の仕事まで私を持って行くには、

省エネ運転をするしかないかなぁと。

 

どうして『そこ』まで疲れてしまっているんだろう?

 

そこでここに至るまで 一体何があったのか?を見直してみたところ、

どうやら『キャパ』を越えていたらしいということに思い至りました。

 

キャパシティって何?

例えば コンサートの収容人数

例えば 花粉症

例えば ストレス。。。。

 

すでに決まっている一定の上限数だったり、

入ってくる量に対する排出できる量のバランスだったり、

例えば、パソコンなどの 処理できる能力の限界だったり。。。

 

もともと存在する容量の大きさのことを指します。

 

私の場合は 化学物質過敏症の症状が出るのは、

入ってくる化学物質に対して解毒できる能力の方が小さいために、

排出できない化学物質が体内に溜まってしまった結果出てしまったもの だと言えます。

 

つまり、限界値を越えてしまった ってことになります。

 

自分の中にあるキャパシティを知る

では 私は何に対して『キャパシティ(上限値)』を越えてしまったんでしょう?

 

クラス会の時に同級生相手に 私 言ってたんですよね。

 

わたし、『グループ』ってものが苦手だから って。

 

いやね、

本当に苦手なんですよ。

そもそも人が多いのが苦手で、

喫茶店とは入るとお店中の声が聞こえてきちゃうから疲れたりするくらいだから、

 

集団となると全員の声が聞こえちゃう。

意識すると 漏れ出てる心の声とかもね。

 

その集団が知り合いだったり近しい仲の人だったりすると、

推し量ってオーラをちゃんと間違いないように推し量って、

ちゃんと叶えないとって強迫観念があったりして

それはそれは大変だった過去があったりして(^_^;)

 

推し量るのを止めた今は ずいぶんと楽になっては来たものの、

やっぱり私はマンツーマンか3人が限度かなぁって(笑)

 

気を使う 気を使わない

楽しい 楽しくない

 

それで言うと今回のクラス会は 全く気を使わなかった楽しい飲み会だったのですが、

だから疲れなんて存在しているとは思ってもいなかったのですが、

ズタボロに疲れてしまっていたようです。

 

特別なことなんて何一つかなったし、

ただ にこにこして話を聞いて、

割り箸を折って貰うくらいに世話も焼かれたい放題に甘えてたんだけどね、

 

疲れちゃったらしいです。

 

私の中にあるキャパを越えていたんだなぁって。

 

楽しい 楽しくない

気を使う 気を使わない

 

自分の中にある 自分で処理できる許容量ってのは、そんなことに左右されるものではなくて、

感情とは別に存在するんだなぁって、

これは 記事として書いておかなきゃって思いました。

 

長年かけて溜まった許容量が満杯になって、

大人になってから出る食物アレルギーのように、

長年かけて溜めてしまった負荷が許容量を越えてしまうこともあります。

 

それが疲れとして出るか

皮膚に出る何かとして現れるか

わたしのアレルギー反応のように咳として出てしまうのか

 

それは 人それぞれですが、

 

自分の中にある キャパシティってものをきちんと把握しておくことって大切だなぁって思った出来事でした。

 

(この記事を仕上げるまでに4日かかったw)

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