意図的だということ | りんく・りんく京都のブログ

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「りんく・りんく京都」はアートを使い「こころ」と「からだ」を育む事業を展開しています。

こどもから高齢者までひとりひとりが大切な存在です。誰もがキラキラと輝いた人生を送る、そんな社会を目指しています。

いつも、出来るだけ気づきのあるワークショップになるように心がけている講座ですが、こちらが何かに意識をし過ぎると意図的な時間になってしまいます。もちろんそれが悪いわけではありませんし、意図的にすることによって意図的に気づきをもたらすのも良いのかもしれません。

ただ、私のタイプとして(私の性格や本質的なもの)「意図的」ということに対して得意ではなく、どちらかというと馴染みきる方がしっくりくるかもしれません。

そう言えばもう何年も前に…十年以上前かも…。あなたは水のような人だと言われたことがありました。決して自分を見失っているわけではなく、どんなところでも水のように馴染んでいくと言うことだそうです。

確かに敵を作らないのが私の特徴かもしれません。相手が敵だと思っているとしても、私はそういう認識がありません。(笑)

私のワークショップの特徴としては、ある程度の準備をした後は、今日のクライエントさんの今の状況に流されながら何となく動いて動かされて行く・・・という感じで過ごします。

意図的ではない自然な流れで一緒に過ごすと潜在的なものが出やすくもなります。そうなると私も気づきがあり、その気づきをお互いにシェアすることにより、いっそ深いワークへと導かれ、クライエントさんの本質が見えてくるのです。