米津玄師は音楽家として生まれ直そうとしているのかもしれない。
「もう1回赤ちゃんに戻ることが必要だと思った」という彼は、
原点回帰をするような心持ちでこれからの活動へと向かうのだろう。
NHK連続テレビ小説『虎に翼』の主題歌「さよーならまたいつか!」が高い評価を受ける中、
早くも新曲の「毎日」がリリースされた。
昨年発表された「LADY」に引き続き、
日本コカ・コーラ「ジョージア」のCMソングとして起用される楽曲で、
晴れやかで都会的な気分を醸し出すポップソングである。
編曲にはYaffleを迎え、
全編打ち込みのサウンドを展開。
軽快なテンポやヤケクソ気味な歌唱も印象的で、繰り返す“日常”にちょっとした潤い(と発奮)をもたらしてくれるはずだ。
そして
<毎日毎日毎日毎日 僕は僕なりに頑張ってきたのに>という冒頭のリリックに象徴されるように、
軽快なサウンドの奥には諦観と祈りが滲んでいるように思う。
今回のインタビューでは「毎日」の話を皮切りに、
「地球儀」以降の制作の変化から、
米津玄師の創作の本質までを語ってもらった。「毎日」には彼の音楽的な気分と、
ここ数年の心象の両方が反映されているのだろう。
「俺のこの人生ってなんなんだろうな」をそのまま曲に昇華
――「さよーならまたいつか!」がNHK連続テレビ小説『虎に翼』の主題歌として放送されています。
リリースから少し経ったことで、改めて思うことはありますか。
ドラマの評判がいいというのはすごく幸運なことで、
オープニングもシシヤマザキさんが素敵な映像を作ってくださり、それもまた幸運だなと思います。
実は、曲を出す前は少しヒヤヒヤしてたというか、
フェミニズムが主軸にある作品なので、
男性の自分がこういう形で関わって大丈夫なんだろうか、という懸念はありましたが。
蓋を開けてみればわりかし曲も受け入れられているようで一安心しました。
――そして昨年の日本コカ・コーラ「ジョージア」のCMソング「LADY」に引き続き、新曲の「毎日」が新CMで起用されています。
制作はどう進んでいきましたか?
CMソングということで、それにそぐうものを作ろうというところから出発したんですけど。
「毎日って、けっこうドラマだ。」というコンセプトは昨年と一緒なので、新たに曲を作るのは結構大変でした。
「LADY」を作ったことで自分の中でのイメージができ上がっていましたし、とはいえ「LADY 2」を作るわけにもいかないので。
もう足の踏み場がないな、という感じがしたんですよね。
――なるほど。
いろんな曲を作ってみたんですが、
「あんまり朝っぽくない」とか、
「これは晴れてない」とか、イメージとの相違で「違う違う違う」となってしまって。
同時にいろんな仕事が立て込んでいる時期でもあったので、
毎日デスクの前に座って曲を作って、
一歩も動かずに生活していたんですよね。
自分が望んだ人生ではあるにせよ、
「俺のこの人生ってなんなんだろうな」みたいな気持ちが沸々と湧いてきて。
毎日何やってんだろう、と思えてきたんですよ。
――まさに「毎日」の歌詞のように。
本当にそう。
それで切羽詰まっていたのも込みで、
それをそのまま曲にしたらこうなったという。
――歌詞や歌い方にも“やけくそ”な感じが出ていますね。
そうですね。もう考えていてもしょうがないじゃんって。
――リズミカルなパーカッションに引っ張られて、ぐんぐん進んでいくような曲だと感じました。こうした構成はどんなところから浮かんできましたか?
それが実のところほとんど覚えていなくて。
<毎日毎日毎日毎日 僕は僕なりに頑張ってきたのに>という1節が最初にできて、
それを引っ張っていったらこうなった、
という感じなんですよね。
リズムは途中で変わって元に戻るという構成になってますが、
それもあえてそうしようと思ったわけではなくて、
気がついたらこうなっていたとしか言いようがなく。
「地球儀」を作ったことがモードが変わるきっかけに
――無意識のうちに、曲に運ばれてきたと。
その感覚に近いです。編曲はYaffleと一緒にやったんですが、
「毎日」はすごく打ち込み然とした曲になりましたけど、
最初に自分が作ったアレンジではもう少し生っぽい要素を多分に含んでいて。
ストンプ(※)っぽい、
ドンパンドンパンみたいなテンション感で作り始めたんですけど、やっていくうちにこうなったというか。
「Yaffleのアプローチだとこうなるのね、オッケー」という、その流れのままに今の形になりました。
※激しく足を踏み鳴らしてジャズ音楽に合わせて踊るダンス
――なぜYaffleさんに編曲をオファーしたんですか?
ここ3、4年くらいはずっと坂東(祐大)くんとやってて。
彼と初めて一緒に作ったのが「海の幽霊」で、
それが自分にとっては衝撃的で、
すごい才能だと思いました。
で、それから二人三脚的に作ることを続けてきて、
昨年ジブリの主題歌「地球儀」、
「FINAL FANTASY XVI」のテーマソング「月を見ていた」という個人的にすごく大きな曲を作ったあとに、なんだか1回キャラ変したいなと思ったんですよ。
それまでの自分が嫌になったとかではなく、
自分にとって区切り感がすごくて。
ちょっと違う風を吹かせてみたくなったんですよね。
――米津さんから見て、Yaffleさんはどういう音楽を作る人だと思いますか?
都市的な印象というか。ちょっとやんちゃな感じもしつつ、アーバンな匂いが強くある。
やっぱり自分はそういう出自の人間ではなくて、片田舎の森の中を駆け回っていたような人間だから、
そういう自分にはないものを補ってくれる人と一緒にやりたいというのは根本的にありました。
――ちなみに鍵盤の音も入っていますね。
それも全部打ち込みです。
――そういう楽曲は久しぶりですか?
久しぶりかもしれないです。Yaffleとやるまでは、ピアノも録ろうと思っていたんです。
でも、やっていくうちに全部打ち込みでもいいなという話になって。
というのも「さよーならまたいつか!」のとき、
ピアノと弦とドラムを録ってレコーディングしたんですけど、
やっぱ打ち込みに勝てない部分が浮き彫りになったんですよね。
――具体的にどんなところで?
ドラムは如実に感じますね。
打ち込みでキックやスネアをバラで並べていく形と比べて、録るとどうしても輪郭がぼやける。
それはアレンジにもよるし一概には言えないですけど、
本当に上手くやらないと打ち込みの圧力に負けちゃうところがあって。
それこそ近年のK-POPとか、
あるいはヨーロッパやアメリカの打ち込みの音楽を聴いていても、
そこに生楽器が並ぶことを考えると劣勢を感じますよね。
生楽器だとウォームな雰囲気があって、
それはそれで良さがあるんですけど、
打ち込みはものすごくストイックなので。
全然違うものがありますよね。
複雑怪奇化ではなく、いかにシンプルに気持ちよくいけるか
――冒頭のフレーズ<毎日毎日毎日毎日 僕は僕なりに頑張ってきたのに>が出てきたことで書き上げられたということですが、苦心するような制作でも、光が見えてからはでき上がるまで早いものですか?
今回は本当にそうでしたね。
1行目を書いてからはほとんど記憶がないくらいで、
それこそ曲も勢いで突っ走っていくようなものにしようと思ったんです。
勢いでガーッと走ってみて、コードも基本的にワンループで複雑なものでもなく、
それをリズムで押し通していくというか。
気がついたら終わっているような曲を作りたいなと。
――まさにサウンドも歌詞も、とにかく繰り返すことに特徴のある曲だと思います。
タイアップ曲の制作であるという前提はありつつも、そうしたテイストの楽曲を作ることが米津さんの今の音楽的な気分にも重なったんですか?
最近はそういう意識が強いかもしれないですね。
2、3年前までは楽曲を複雑怪奇化させることにハマってて。
転調を繰り返したり、譜割も細かくして踏んだことないところを踏みにいったり。
最近はそれに飽きたというか。
そんなことやっていてもしょうがないというか、
いかにシンプルに気持ちよくいけるか、
みたいなのが今のモードかもしれないです。
今必要なのは、赤ちゃんに戻ること
――「毎日」が完成して、また自分の中で新しい扉が開いた感じはありましたか?
どうでしょうね。それよりも昔に戻った気持ちというか。
「地球儀」を作り終えたことが区切りになったという話を先にしましたが、
子どもの頃から敬愛していた宮﨑駿監督の映画の主題歌を作れるなんて思ってもいなかったし、
それが自分の人生で実現した
――上出来すぎるほど上出来な人生だと思えたし、
おそらくそれ以上に光栄なことは自分の人生には起こらないだろうなって。
じゃあ今後ミュージシャンとしてどういう人生を送っていこうかと考えたときに、
もう一度赤ちゃんに戻ってみることを思ったんですよね。
普段やることや生活を変えるわけではないけれども、
原点回帰のようなマインドで過ごしていくのが大事なんじゃないかなって。
そういうことを考えたかもしれないです。
――「地球儀」以降で最初のリリースは、前作の「さよーならまたいつか!」ですよね。ということは、その曲から米津さんの中でちょっとタームが変わってると。
そうですね、はい。「地球儀」以降は新たな人生、くらいの気持ちでやっていきたいなと思っていますね。
――となると、「毎日」も「さよーならまたいつか!」も、軽やかさがありますね。
なんだろう、これまで真面目にやりすぎたなって感じたんですよ。
真摯に取り組みすぎたというか。
それって悪いことではないでしょうけど、
ただなんかこう、真面目に向き合うから良いってわけでもないなと思って。
良くも悪くもジャンクな曲を作りたい気持ち、
それこそ精進料理ばっかり食いすぎたからチェーン店のハンバーガー食いてえみたいな、
そういう気持ちになりましたね。
反動かもしれない。
――「毎日」と「さよーならまたいつか!」の両曲に言えることですが、米津さんはメロディや歌詞でストーリーをつけるだけではなく、
歌い方や声色を変えることで場面転換を行っている印象があります。
それこそが楽曲の魅力を引き上げているように思いますが、
ご自身ではそうした歌い方を意識的に行っていますか?
あんまり意識はしてないですね。
ただ、歳をとるにつれてできることは増えたな、とは思います。
1、2年前からボイトレに通い始めて、新しい声の使い方を教えてもらったり、
あとは「KICK BACK」でがなったりして、
それが選択肢のひとつとして増えたのは大きかったなと思います。
友達でも同僚でもない、家族でもない、そういう関係性を求めて
――ボイトレに通い始めたのは、シンガーとして新しい武器がほしいという思いからですか?
というより、誰かに師事したことが自分の人生においてほとんどなくて。
学校では勉強もせず、
授業中はずっと寝ていて、
自分の興味の範囲から全く外に出ない人間だったから。
学生の頃に恩師のような人は一人もいないし、
その先上司もいなければ、
先輩付き合いもほとんどしたことがなかったので、
誰かに何かを教わるという体験がないんですよね。
一回本気でよちよち歩きから教えてくださいというか。
そういうことが今の自分に必要なんじゃないかと思ったんです。
1から何かを学んでいくこと、
それは高みを目指したいとかそういう話ではなくて、
誰かに何かを学ぶという体験はすごく大事な気がするし、
楽しいですね。
友達でも同僚でもない、家族でもない、そういう関係性っていうのは結構重要なんじゃないかなと。
――“毎日”は誰もが繰り返すもので、それこそ楽曲はCMに乗って見ず知らずの老若男女に届きます。何か社会をもっと知りたい、
自分の生活とは遠い人がどんなことを考えて生きているのか知りたいとか、
そういう願望はありますか?
それはもしかすると人一倍あるかもしれないですね。
幼い頃から長らく水が合わない魚として生きてきたというか……
目の前にいる人間が何を喋ってるのかわからない、
みたいな感覚が子どもの頃にあって。
すごく覚えてるのは、小学生の頃にクラスメイトが会話のリレーをしているのを見て、
何が起こってるのか全くわからなかったんです。
本当にスーパーサイヤ人同士が戦ってるのを眺めているような、
そういう感覚があったんですよね。
「なんでこんなにわからないんだろう」というところから自分の人生が出発してるような気がしますし、
馴染めないからこそそれについて深く考えてしまうのは、性癖みたいに自分にこびりついていて、その気分がいまだにあるのかもしれないです。
「毎日」
2023年の「LADY」に引き続き、日本コカ・コーラ「ジョージア」のCMソングとして書き下ろした新曲。
TVCMは5月13日よりオンエアがスタート、
配信は5月27日より開始。
新曲の発表に合わせて、
新たなアーティスト写真も公開。
2023年に出演したジョージアの広告をはじめ、「Lemon」「M八七」のアーティスト写真も手掛けた写真家の水谷太郎氏が撮影。
米津玄師
よねづけんし 1991年3月10日生まれ、
徳島県出身。2009年より、
“ハチ”名義でニコニコ動画へオリジナル曲を投稿し始め、
2012年には、本名の“米津玄師”名義で、
自身がボーカルをとったアルバム「diorama」をリリース。
2018年にリリースされた「Lemon」は、
自身最大のヒット曲に。「Lemon」も収録した2020年8月発売の5thアルバム「STRAY SHEEP」は、
200万セールスを突破する大ヒット作品となった。
2022年、TVアニメ『チェンソーマン』のOPテーマとして「KICK BACK」を書き下ろし、
日本語楽曲としては史上初となるアメリカ「RIAA Gold Disk」を記録。
2023年3月に「ジョージア」のCMソング「LADY」を、
6月には「FINAL FANTASY XVI」のテーマソング「月を見ていた」を配信リリース。
7月にスタジオジブリ宮﨑駿監督作『君たちはどう生きるか』の主題歌「地球儀」を表題曲とするCDをリリースした。
2024年4月、NHK連続テレビ小説『虎に翼』の主題歌として書き下ろした「さよーならまたいつか!」を、
同年5月に最新曲「毎日」を配信リリース。
8月公開の映画『ラストマイル』主題歌として「がらくた」を書き下ろした。