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2012年3月のことだったと思います。

その時私はまだ東京のマンションで一人暮らし(+犬)をしていました。
ある夜、眠りが浅く目が覚めました。
うとうとしていると耳鳴りがしてきたのです。
その耳鳴りは完全に霊的なものだとすぐにわかりました。
これは!と思い恐怖を感じるとともに体が動かなくなりました。
私の人生で幾度も経験していることです。
最近は半夢状態でも夢の中でも般若心経を唱えられるようになったので
その時も般若心経を唱えたのです。
すると、玄関にカラシ色の袈裟を着たお坊さんが立っていました。
はっと思った瞬間その方が私の足下に立っていました。
するとそのお坊さんは優しい眼差し、そして真剣なおもむきで半紙のような白い紙に毛筆で何かを書き始めたのです。
そしてそれを私に渡しました。2、3枚です。
私はそれを受け取りました。
見るととてもきれいな文字の漢文でした。
般若心経が途中だったのでお経かなとも思ったのだけど
漠然とそれはお経ではないことがわかりました。
私はその漢文のお手紙のようなものを手にしたまま、お坊さんは窓の方に消えていきました。
私は我に返り目を開けました。
私はそのお坊さんの顔をはっきりと覚えています。

カラシ色の袈裟。

真言宗?密教?

すぐにインターネットで空海を調べました。
画像検索すると似顔絵がたくさん出てきました。
ビンゴです。
実際に私が見たお方の方がややえらがはっていましたが、私が見た僧そのものでした。
私は弘法大師から何か文章を授かった。
その意味は今でもわかりません。
しかしその後たくさんの偶然により当時考えも及ばなかった高野山に導かれ、そして今私はそこにいます。
呼ばれたのだと思います。
そしてもっと詳しくお話しすると、弘法大師が高野山を開創する前に住んでいたという説のある場所です。
私は何かを託されました。
そして私は今、手探りですがその弘法大師が私に託したことを成就させるために弘法大師のお仕事をしています。
何を託したのか今ははっきりとはわからないけど、導かれ、それに取りかかっていることは事実です。
私にはたくさんのインスピレーションが来ています。
今はそれを全てここで打ち明けられませんが、その時が来たらそして話せる範囲でこれからも書き綴っていこうと思います。







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数日前、弘法大師の絵を見ました。

座敷の上段上座に弘法大師が座っており、向かいの下座に女性らしき人が座っている。
立ち場的には弘法大師の方が上のように見える。
向かいの人物は誰だろう?と思うとそれは神様だということがわかった。
きっとこの方は丹生都比売のようだ。

この絵をずっと現実で見たものだと思っていた。
最近読んだ本の中にあったのではないかと。
しかし探してもその絵は出てこない。
つい何日か前の出来事なのにその絵をどこで見たか思い出そうとすると暗闇に放り出されてしまう。
きっと夢か異次元で見たのだと自分で結果を出した。

ところで今の日本人には上座に仏、下座に神という光景はなかなか受け入れられないものだろう。
そもそも神と仏が同じフィールドにいることでさえ受け入れられない人がいるかもしれない。
それは明治維新による神仏分離令により、廃仏毀釈運動が盛んになり日本人の宗教観や神仏思想が混乱させられたからだと私は思っている。
もう何度も言っているが、日本崩壊への口火を切ったのは明治維新だ。

富士参詣曼荼羅というものをご存知だろうか?
私の知る富士参詣曼荼羅は富士山を中心に右には赤い丸い太陽、左には白い月が昇り、
山の麓には各々集落があり頂上に続く道には登拝習俗を感じさせる登山をし行を成す人々が描かれている。
そしてその頂きには大きく大日如来像が描かれているのだ。

江戸期、富士講の行者によって全国に広まった富士曼荼羅図では、平安時代に創建された浅間神社の主祭神・木花開耶媛命こそが浅間菩薩であるとされ、本地は大日如来あるいは千手観音とされた。(「神仏習合の本」より)

とある。また、富士山牛玉札では山頂に来迎した阿弥陀三尊を描いている。

以前、本でこの富士参詣曼荼羅を目にした翌日、偶然に見かけたテレビ放送(ニュース番組)でその富士参詣曼荼羅がたまたま紹介されていた。
しかし、その内容はずさんなものだった。
なんと、富士参詣曼荼羅の一番大切な部分、大日如来像の部分が切られて紹介されているのだ。
なんとも、まあ。
なのでたいそう立派にテレビで紹介されている曼荼羅図は不自然に富士山が絵の上部にあり、上の淵に山頂がぎりぎりなのだ。
中心がずれているなんてどう考えてもプロの仕事には見えないし、ピントの合っていない写真を見ているようでそれはさぞかし気持ちの悪いものだった。

これがどういうことか想像つきましょうか?
山頂に仏様がいるということが彼らにとって都合が悪いんですよ。
私は神仏どちらが上なんてことは考えていない。
ただ、日本の今の神道は日本人を操る上で魔の勢力にコントロールされているのではないかと私は思っている。
それこそ仏教も魔に入り込まれているし、満足のいくものではないが、自分自身の修行による見解で教えは真理に導くものだと思う。

オムネク・オネクのこのような文章がある。

それは金星では「オム ノシア ゼディア」と呼ばれ、至高なる神性の法則のことです。
名前は変わることはあっても教えは同じです。それはしかるべき時に、そして人々が受け入れる準備ができた時にもたらされることでしょう。それは地球に植民がなされて以来、存在しているのです。そして多くの異なる名前で教えられてきているのです。ある時にはオープンに、またある時には密かに人から人へと伝えられてきました。レムリアやアトランティスの時代にはオープンに教えられてきましたが、ほとんどの時代においてはカモフラージュをして教える必要がありました。なぜならこの教えは人々に自由をもたらし、気づきを与えるものだからです。組織化された宗教団体や支配者たちは、この教えは自分たちの繁栄と安泰を脅かすものであると考えています。そのため、これは通常は権力者たちによって何らかの抑圧を受けることになるのです。ピタゴラスはその教えをマスターし、哲学という隠れ蓑を着せて密かに伝えていた人です。イエスは愛の英知としてその教えをもたらしました。この最も古い教えは、何千年もの間チベットで知られていました。(「私はアセンションした惑星から来た」より)


私はこの意見に全く同感です。






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私は逃れようともがき苦しみながらもまわりの状況が目に入った。
私の左側には、ロボットとでも言うのだろうか、意識のある機械が二台並んでいた。
私はそのひとつに左手が金属の管で繋がれていた。
そして右側にも宇宙人のような機械がひとり。
そして私の左頭上に誰かがいた。
きっとそれがメインの何かだったのだと思う。
何か温かく見守られているような感覚がした。
だけどそれが何か、誰かは見えなくわからなかった。
きっとそれを理解できるほどの心の準備がまだできていないのから記憶から取り除かれたのかもしれない。

私は腰を固定されているような気がした。
特にベルトが見えている訳ではなかったが腰の部分を固定されているようだった。
左手に繋がれている管を不思議に思いそれをずっと見ていた。
気がつくとまた別の夢の中へ戻されていた。
夢の中では自分がその夢を見ていることが自然で、もう叫ぶこともなく自然にその夢を見ていた。
夢の内容も先程とは違い、現実感のないストーリーに変わっていた。
と、その時隣のお部屋の人が調子の悪かった私を心配して食事を持ってきてくれてその音と声で私は現実に戻った。
肉体に魂がずどんと落ちたというか、また体にはまったような感触だった。
自分の中に戻った!というはっきりとした感覚があった。
目を開けると、いつもより視野がクリアな気がして、胃痛は治まっていた。
なんというのか、憑き物が取れたというか、毒が抜けたというのか、私を覆っていた何かネガティブなものが取れて、いつもの自分に戻ったような気が強くした。
左手には金属の点滴の感触がはっきりと残っていた。


私は確実に何か処置をされたんだと思う。
映像だけならただ夢を見たで終わるけど、電磁波複合音で目が覚めたことが非常に現実味を帯びているように感じるのだ。
そして何よりもその処置を受けたことで体調が急激に良くなり、精神が安定したこと。
何か悪い憑き物がさっぱりと取れた感じがしていること。
これは自他ともに認める事実である。
私は人間には解決できない何かに毒されていたのかもしれない。
それを宇宙人が処置してくれたとしか思いようがなく、このことをとても感謝している。

般若心経。この世の者から見た宇宙観ではなく、宇宙から見た宇宙観であり、これは真理なのだと実感した出来事だった。
私は今、たくさんの偶然により高野山にいる。
アンドロメダで共に活動してくれている人ならおわかりだと思う。
そこは私が本来居る場所であり、そこに私が居ることで上での作業をしやすくなると聞いている。
私を救い上げやすくなり、守りやすくなると。
今回はその過程のひとつなのかもしれない。
それにしても私のルーツは龍。
龍=宇宙エネルギー。
一体私に真実が知らされるのはいつなのだろうか。
それもそんなに遠くない日かもしれない。
とにかく私は上からのメッセージに忠実に動いていくしかない。
もし私に特別な波動を感じる人はぜひ私の近くに来て私達の力になってほしい。






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一瞬にして光に吸い込まれた私は気がつくまでの記憶がとても曖昧なのだが、
とにかく体が動かなくてもがき苦しんだ。
これは夢だと、何度も起きようと試みた。
隣の部屋にいる人に助けを求めようと叫ぼうと必死になった。
もがくとすぽんと別の夢の中に送られる。
それは夢だという認識が自分の中にある。
無理矢理夢を見させられていて、助けを求める声も夢の中で出しているのだ。
夢から覚めれない、なかば諦めるとまた宇宙空間のような場所に意識が戻る。
その状況が怖くて、また助けを呼ぼうと、目を覚まそうともがくと先程の夢の中へ送られる。
その夢の中では、宇宙スペースに行くことがまるでまたそこからまた夢を見ているような感覚だった。
その夢の中へ行きたくないと目を覚まそうと、起きようとする。声を出そうとする。
それを現実に起こさせないよう(目を覚まさせないよう)に夢の中で処理させているようだった。
私はその何かの意図を感じ取った。
するとまた宇宙スペースに意識が移った。
私は診察台のようなものの上にいた。
私の肉体はなかった。
私は白い半透明のような、光が当たっていたのか、私が光っていたのかはわからないけど光る何かだった。
意識を持つと現実のような肉体の形を持った。
しかし、足下までは見えなかった。いや、なかったのかもしれない。
私は何か点滴のようなものが手に繋がれていることにすぐ気づいた。
今でもその感触が手にはっきりと残っている。
私の左手の平に何かが繋がっている。
そして中指にそれが固定されているのだ。
その手の平からチタンのような、しかし軽い素材の銀色のチェーンのような、管のようなものが左側にある機械のようなものに繋がれている。
物質的な肉体を成していない姿だが、意識すると私の手が見える。腕が見える。
私は白い半透明の光る物体。
でも手に繋がれているものを何かと見ようと意識を働かせると手が浮かびあがる。
量子力学。きっと宇宙ってそういうことなのだ。今実感する。







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