【悼み、感謝、そして決意の3.11】 | 監督のささやき戦術
新型コロナウイルスに関する情報について

 時代が令和に変わった今もなお、深く大きな傷跡が残っているあの未曽有の大災害から、今日で丸9年が経った。

 犠牲となった多くの方々へのご冥福と、未だ道半ばの被災地の1日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。

 

 今よりもまだはるかに傷跡が生々しかった震災2年後の2013年3月11日に、神田の片隅でひっそりと誕生した当スタジアム。おかげ様で本日、7周年となる開場記念日を迎えることができた。

 「なんでわざわざそんな日を選んだの…?」とたまに問われるのだが、何かの意図をもってこの日を選んだわけではない。工事が完了し、店をオープンできる最短日がたまたまその日だった、というだけの理由である。

 

 まったく意図したわけではなく、様々な偶然の積み重ねの結果だったとはいえ、東北で育った自分が独立の第一歩を踏み出す日が、そういう重みのある日付と重なったという事実は、何かの運命というか因縁めいたものに導かれてのことなのではないかと、ひとり勝手に意味付けをして受け止めている。

 そんなわけで、7年前から「3・11」は自分にとってふたつの大きな意味を持つ日付となった。

 

 

 何の人脈もコネも後ろ盾も持たない単なる市井の一野球ファンが、「野球が好き」という思いだけを唯一の拠り所に、野球居酒屋なんてものを立ち上げてしまった、2013年3月11日。

 そこにそんな店が出来たことを世の中の誰も知らない、知るわけがない、という本当にないないづくしからスタートした当スタジアムが、幾たびもあった瀕死の危機をどうにか乗り越えて、廃業の憂き目を見ることなくここまで生き延び、無事に2020年の、開場から数えて8回目の3月11日を迎えることができたのは、ひとえに支えて頂いた、応援してくださったお客様や関係各位の皆様のご愛顧の賜物と、ほんのちょっとの運以外の何物でもない。

 この場をお借りして、皆様には心よりの感謝と御礼を申し上げる。

 

 

 前述の通り、決して順風満帆というわけではなかった当スタジアムのこの7年だが、牛歩のごとき遅々とした歩みではあっても、年を追うごとに少しずつ少しずつご来場頂ける野球ファンのお客様が増えてきて、「一番の常連は閑古鳥」という状況が続いていた開場当時に比べると、今ではそういう日もだいぶ少なくなってきた(なくなってはいない)。

 そんなところに突然やって来て、全国民の当たり前の日常生活を奪い、ありとあらゆる産業、業種に現在進行形で大混乱をもたらしている、昨今の『新型コロナウイルス』の大騒動。

 ご存知の通り、我々が愛してやまないプロ野球にも及んだ『新型コロナウイルス』ショックは、まずオープン戦が無観客試合に、そしてついには公式戦開幕の延期を余儀なくされるほどの、かつてない非常事態となってしまった。

 

 不要不急の外出は自粛し、狭くて人が密集しているところは極力避ける、という方針が打ち出されて以降、どこもかしこも人通りが激減。

 対面で商品やサービスを提供する商売である我々飲食業に対してやって来たその影響は、信じられないようなスピードと圧倒的破壊力を持つ、暴風雨のようなものであった。

 その暴風雨は、お酒を提供する飲食店の多くが繁忙期を迎える3月めがけて襲来したため、余計に被害を深刻化させることに。

 当スタジアムのような小さな店ですら、この『新型コロナウイルス』騒動が本格化して以降はご予約お問い合わせが激減。鳴る電話の大半がキャンセルのご連絡であり、この半月ばかりのうちに消滅したご予約は、すでに300名分を優に超えた。

 

 開場から今日までの7年間、「ヤバいな……」という状況に陥ったことは数えきれないくらいあったが、今回の『新型コロナウイルス』騒動がもたらしたヤバさは、他に類を見ない、間違いなく当スタジアム史上最大の危機である。

 ウイルスなどという目に見えない、自力でどうにもできない敵のせいで、連夜3月とは思えない閑散とした光景が広がってしまっている場内を見て、不安と弱気に押しつぶされそうな今日この頃なのだが、そんな折にふと気付いたのは……

 「7年前の開場当時に比べたら、全然お客様がいるではないか……」という事実。

 

 毎日毎日お客様よりスタッフの方が多いような状況の中でも、「当スタジアムの野球愛が多くの野球ファンに届いて、場内にお客様があふれかえるいつかの未来」を思い描きながら、半分以上カラ元気だったとは言え、前向きに日々に臨んでいた開場当時のあの頃。

 今現在の状況が、たとえ通常比で激減しているとはいえ、日に日に自粛ムードが色濃くなっている2月後半から3月のここまで、来場者が10名以下だった日は1日もなく、開場当時に比べたら余程マシな状況なのである。

 全然出歩くことそのものにリスクがある昨今の世情を考えれば、これはとんでもなくありがたいことと言えよう。

 

 この騒動が開場1年目とか2年目で勃発していたとしたら、顧客基盤が今とは比べ物にならないくらい脆弱だった当時の状況を考えると、もう潰れている可能性が高い。

 多くの野球ファンの皆様に知って頂き、ご来場頂き、応援頂いてきた7年間の積み重ねで、惨状なりにもこうして今はまだ日々営業を続けていられることは、言葉に出来ないくらい、本当に本当にありがたい限りである。

 

 

 現状の難局においては言うまでもなく、平時から常に当スタジアムを支えて頂いている多くの野球ファンの皆様のご愛顧に報いることができるとすれば、それは「野球ファンが集まれる楽しい場所」としてのクオリティを維持向上させながら、「全ての野球ファンの、第2の本拠地球場」として、細くとも長く、存続してゆくことただ一点のみであると考えている。

 『新型コロナウイルス』騒動も終息し、各種の野球も無事再開されて、ようやく日常生活が戻ってきたから久々に行ってみたら潰れていた……、なんてことになってしまっては、ここまで当スタジアムを応援し続けてくださった、育てて頂いた皆様に申し訳が立たぬと、とんでもなく厳しい状況からのスタートとなってしまった8年目も、存続のために全力で踏ん張り続けてゆきたい。

 

 東日本大震災以降も、ここ数年の台風や水害、そして目下の『新型コロナウイルス』騒動などなど、国内各地で様々な大災害が起こり、唐突に日常を奪われてしまった方が大勢いらっしゃる現状。

 こうして今はまだ好きなことを生業にして暮らして行けている有難味を、当たり前の日常の尊さを、今一度心に深く刻み込みながら、規模は小さくとも経済活動に参加し、事業を継続して税金を納め続けることで、当スタジアムなりの被災地支援、経済振興に今まで以上に全力で励んでゆこうと、8回目の開場記念日に臨んで、決意を新たにした次第である。

 

 

 こちらが7年前の、開場当時の当スタジアム場内。

 

 そしてこちらが、7年たった本日の当スタジアム場内。

 

 「もう7年」とは全然思わない。実感としては「まだたった7年か……」である。

 続ければ続けただけ安定感が出てくる、なんてことは全くなく、現にこうして今現在危機的状況に陥っていることを思えば、こんな吹けば飛ぶような小さなイロモノ居酒屋は、10年やろうが20年やろうが「安定」も「安心」も、ましてや「慢心」などはあろうはずもない。

 安定感が時間とまったく比例しなくとも、野球居酒屋としての「成長」「進化」は、何年目であろうと重ねた時に比例して、年々バージョンアップしていると自信を持って言える店であり続けるべく、本日からの8年目のシーズンも、当スタジアムなりの「野球道」に全力で邁進してゆく所存である。

 

 ここまでの7年間の当スタジアムの観客動員の総数は、ようやく京セラドームを2試合満員御礼にできる程度である。わずか50席の小さな店であり、開場時に掲げた「いつの日にか観客動員100万人!」がいつになったら達成できるのか、そもそも達成するころまでに生きていられるのか、それは未知数だが、10年20年50年と、か細くとも長く続けてゆくのみと決意を新たにした、当スタジアム7歳の誕生日。

 

 昨今の難局に近頃少々愚痴っぽくなっているため、やたらと長くなってしまったが、改めてこの7年間の皆様の絶大なるご愛顧に心よりの感謝を申し上げるとともに、8年目に突入した当スタジアムへの皆様のご来場を、引き続き心よりお待ちしております。