福岡レッドワーブラーズが活動休止して1ヶ月が経ちました。
一報を聞いた時にはにわかに信じられず、涙さえ流せなかった。
今もそうです。
事務所は少し前に移転されたそうで、ワーブラーズの面影を残すものは、もうほとんど残っていません。
思い起こせば2008年、球団創設時のアイランドリーグオールスターズなレッドワーブラーズ。
一番の國信キャプテン。
二番の渋いセーフティーバントを決めた関口選手。
そして西村悟、山本、荒川のクリンナップトリオに痺れました。
チャンスに面白いようにタイムリーを打った陽選手。
この年は閉店間際まで何が起こるかわからないしぶとさを秘めたチームでした。
対徳島戦でのチーム初のサヨナラ勝ちで、チーム全員がペットボトルを持ってベンチを飛び出し、陽選手を追い回していたことを昨日のように思い出せます。
2009年型レッドワーブラーズはエースと四番がいきなり退団、主力が欠けたところからの新しいチーム編成から始まりました。
守備の要。國信キャプテンの不運な故障から始まった2009年シーズン。
守備の乱れによる連敗が続いた時、キャプテンの偉大さを感じました。
打撃は2008年よりはややコンパクトになったものの、新四番となった中村選手のシュアで勝負強い打撃が、新しいワーブラーズの屋台骨となって、チームを支えてきました。
俊足巧打のルーキー増田選手、開幕戦から打撃好調だったのですが、残念ながらこちらも怪我で途中戦線離脱。
フル出場ならまた勝敗によい影響があったと思うだけにもったいない。
清水選手。豪快な打撃を見せながらも、なかなかレギュラーには定着せず。
森辰夫、マントル徳永、渡辺の三本柱に加えて、大澤、西村拓也の左のセットアッパー、守護神角野。
先発投手が責任回数を全うするという当たり前のようでも、案外難しいこと。
この先発三本柱がきっちり仕事をしていました。
でも、2008年以上にチームは故障者の嵐でした。
試合終了後の選手たちは、あちこちにアイシングやテーピングだらけ。
グランドではそんな素振りを見せないある選手が足を引きずりながら、鬼のような形相で荷物を運んでいる姿を垣間見た時、強い衝撃を受けました。
レギュラーシーズンを戦うというのはこんなに過酷なことなのかと。
こんなに辛い痛い思いをしてプレーをしなくてはならないのか。
ショックで声をかけることも出来なかった。
私は急いで誰も見ていない場所に駆け込みました。
涙がとめどなく溢れてきて止まりませんでした。
解散決定後、しばらくワーブラーズの話は書けないのではないかと思っていました。
ようやく自分の中でも試合を回顧する気持ちが生まれてきました。
少しずつですが、二年間の思い出を語っていきます。