【青春の轍-1-5】

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2006-10-30 08:34:54

思い出は、いい思い出の方がいい


いい思い出の数が、その人の人生の豊かさを物語るからだ


でも、


人生、いい思い出ばかりでないのが普通である


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【青春の轍-1-5】

そんな貧しい中で、父親はいつも俺らを食わせる為に働いていた。
今振り返ってみても、俺は父親と遊んだという記憶が無い。
一時はそんな父親を責めた時期もあったが、可哀そうな父親だっ
たんだ…と気づいたのは、既に父は他界し、俺は大人になってか
らのことである。


父親はとにかく一日も休まず年間を通して働いていた。

父は製糸工場でトラック運転手をして働いていたが、残業は当た
り前で、一緒に夕飯を食べるのは珍しかった。
そんな父は会社勤めの傍ら、夏場は休日を利用して自転車でアイ
スキャンデーを売るアルバイトをしていた。


父は時折自転車を止め、アイスキャンデー売りの鐘を鳴らす。


俺らは家の近くを通る父を追いかけ、アイスキャンデーをねだる。
父は仕方ないといった表情を見せながらも、俺ら3人にアイスキ
ャンデーをくれるのだった。

俺は箱の中がどうなっているのかが気になり、よく父に抱き上げ
てもらいアイスキャンデーの詰まった中を覗かせてもらったが、
冷たい冷気とともに流れてくるあの甘い木の香りが好きで、あの
香りは今も脳裏に強く残っている。


春や秋はリヤカーを引いての味噌や醤油の商い。


冬は、字の上手な父は、町の小学校を巡回しながらのゴム長靴へ
の金色のエナメルによる名前書きもしていた。


寒い学校の廊下に並べられた長靴の中で、時折凍える指先に息を
吹きかけながら、黙々と正座して様々な長靴に名前を書き入れて
いる父の姿は印象深いものがある。

小学生時代、俺はそんな父が恥ずかしくって、アイスキャンデー
の時のように近づくことはしなかった。
時折トイレに行く俺を見つけた父は声を掛けることもあったが、
友達に気づかれまいとする俺は、そんな父を無視して小走りに走
りすぎるのだった。


また父はあるときは神社の境内などで紙芝居をしている姿を見か
けたこともあるが、先日まだ生存している母にそのことを確認す
ると、85歳になる母は、そんな話は知らないといった。

俺は母がボケていると思い、65歳になる長男にも確認したとこ
ろ、長男までもが同じくそんな話は聞いたことが無いといった。


ということは、あれは俺の幻か、それとも幻想ということになっ
てしまう。
次兄にも聞いて確かめてみたいところだが、次兄は20年も前に
38歳の若さで亡くなっているので確認のしようがない。
(次号へ)

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【青春の轍-1-4】

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2006-10-29 11:22:01

ジェネリック医薬品という名前がようやく知れ渡ってきたよう
ですね。


テレビのCMの力は大きいです。ただまだよく分からない人の
為に解説すると、いわゆる特許の切れたどこの製薬会社でも自
由に作ることができる医薬品のことです。

そのために特許料が無い分安く市場に出回ることが可能になり、
患者の皆さんも医療費の負担が軽く済むのだそうです。


それはいい話でめでたしめでたしなのでしょうが、実は私の妻
がある病気で定期的に病院通いしていてある程度の薬ももらっ
て帰るのですが、ある日急にこれまでの薬がジェネリック薬品
に変更になったのです。

ジェネリック薬品の割にはそんなに安くはないわね、などと話
してたのはいいのですが、飲んでみたら全身に発疹が出て体調
もさらに悪くなってしまったのです。


私も三日目にはジェネリック薬品を止めさせ、病院へ相談に行
かせました。
病院ではその薬はジェネリックに全面的に変えてしまったので
以前の薬の処方は出せないというのです。
その病院は町でも大きな市立の総合病院です。


妻はやむなく以前の薬のために病院を変えざるをえなくなりま
した。
今は紹介された町の個人医院へ通ってますが、診察料はじめ

余計な薬も処方されて何もかもが高額になったのです。
そんな訳で妻の医療費はジェネリックのせいで、我が家の経済

を圧迫するようになってしまいました。

これって、少し変ですよね?


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【青春の轍-1-4】

それからというもの、俺は気持ちの中で勉強と決別した。


俺はいつ死んでもいいように生きることを決意し、それにはどの
ように毎日を過ごすべきかを考えた。
しかし、小学生のガキが学校に行く以外にやることなど何もない
のだった。

今の時代のようにテレビゲームやパソコンなど無い時代だったし、
テレビは白黒放送がようやく3年ほど前にY県でもNHK放映が
開始されてはいたが、俺の家にはまだ無かった。


話を5年ばかり前の6歳当時まで戻すと、俺の家にはラジオも無
かった。
父親は樺太から3人の幼子を連れて裸同然で引き揚げて来たので
家の生活はとても貧しく、厳しいものがあった。


安長屋に住む俺ら家族は、隣の家から聞こえてくるラジオを聴い
て娯楽の時間を過ごしていた。

今思えば嘘のようだが、中でも連日放送されていた人気番組「笛
吹き童子」が始まると、俺ら兄弟3人は隣の家のラジオを聴くた
めに壁に耳を押し当てたものである。


当時の思い出の中でも、飛び切りの強烈な思い出をひとつご披露
しよう。

貧しい我が家では一匹のウサギを木の箱に入れて飼っていた。
動物好きの俺は餌係を引き受けて可愛がっていた。
一年もしないうちにウサギは大きく育った。

ある日学校から帰ると、いつもいるはずのウサギが木の箱にいな
かった。
俺は母親に聞くと、母親はよそにくれてやったという。
「何で俺に内緒で…」
と小学2年生だった俺は涙を流しながら母親を責めた。


その夜のこと、父親が風呂敷に包まれた大鍋を飯台の上で開き蓋
をとって中を見せた。
鍋の中にはピンク色の肉の塊が鍋いっぱいに入っていた。

俺にはその肉があのウサギの肉だと直感で分かり、声を上げて泣
きだしたのだった。

子供の前で見せたことを母に咎められた父は、
「違う違う」といったが、あんなピンク色の肉はこれまで見たこ
とが無かったから、俺はウサギの肉以外に考えられないのだった。


その事件以後、俺は今でもウサギの肉は口にできない。
(次号へ)

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【青春の轍-1-3】

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2006-10-28 11:09:06

今回の再スタート「青春の轍」では、物語の前に自分のコメント
を入れるようにしてみました。


前作の「青春の雨音」ではいきなりストーリーから開始して、自
分のコメントはその部の最終章の後に一文だけ気持ちを解説して
入れたに過ぎなかった。

でも、それではブログというよりも小説になってしまう。


ジャンルが違うという忠告があった訳でもないのだが、今回再開
するにあたって、少しだけ解説も交えたコメントを入れてみるの
もいいかもしれないと思い至ったのです。

一種のファンサービスと思っていただきたい。
などとファンがいるのかいないのか分からないちっぽけな一ブロ
グ作者が、そんな思い上がった気持ちでもないのだが、少しでも
作品を理解してもらう上での一助になればという思いですので、
煩わしいときはコメント部をジャンプして、読み飛ばして下さい。

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【青春の轍-1-3】

そのような訳で健康診断を受けてない俺だったから、その後の夏
休み前の水泳禁止者の発表で、俺の名前が呼ばれることはなくな
った。


丁度うまい具合に4年生になる時にクラス替えがあり、担任が変
わったことも幸いした。


だけど、健康診断から逃避しているだけで、俺の気持ちに整理が
付いた訳ではなかったから、俺の頭の中ではあの命の哲理が常に
渦を巻いていることに変わりはなかった。

そんな俺は、いつ死ぬのか?いつ死ぬのか?…と、びくびくしな
がら小学生時代を過ごしていたのである。


特に小学校6年のとき、俺のクラスに俺と同じように心臓病リス
トに載っているT君が、学校で授業時間中に眠るように死んだ事
件があってからというもの、次は俺の番だと真剣に死との恐怖に
向き合わされてしまった。

「先生、T君が眠りながらおしっこしてる!」
と叫んだ羽島妙子の教室中に響き渡った声が、数日間俺の頭から
消えなかった。

最後尾に座らされていたT君の方から、一条の黄色い液体が、俺
の座る中間の辺りまで流れてきたときの情景を、今もしっかりと
俺の記憶に残っている。


いつもと違う先生の対応に、突然ざわめき出した教室の皆に、
「皆は自習していなさいね!」
といい残し、慌しく教室を出ると、しばらくして教頭先生を筆頭
に4人の男の先生が駆けつけてきて、T君は一旦床に寝かされて
から体を横にされたまま教室から運び出されたのだった。

しばらくしてからバケツを手にした先生が戻ってきて、T君の流
した小便を雑巾で拭き取った。
「T君はどうしたの?」
と数人の生徒はそんな先生に詰め寄ると、
眼を赤くした先生は、
「今病院へ運んだから、皆は勉強を続けましょう」
と下を向いたままいった。

T君の死は翌日になってから教室の皆に知らされたのだった。
死因は心臓麻痺と先生はいった。


心臓が悪い人は、水泳をしなくとも死ぬことを知った俺は、
T君の死後、命のはかなさを知ると同時に、ますます命の摂理と
死の恐怖を抱え込んでしまうのである。


そんな日常を送る俺だったから、もう勉強どころではなかった。
勉学の存在は俺にとってたわいもなく小さく、意味のないもので
しかなかった。

まったく、死んでしまったら勉学なんて何の意味もなさないのだ
った。
(次号へ)

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【青春の轍-1-2】

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2006-10-27 18:14:18

今回「青春の轍」を書くに当たって、気分を一新する意味からも
背景(スキン)を変えてみた。
何事もそうだが、節目や区切り目にどこかを変えてみるのはいい
ことだと思う。


でも一箇所を変えてみると、あそこも、ここもと、ついにタイトル
までも変更してしまった。
タイトルと背景が変わったのでこれまでのイメージとだいぶ変わ
ってしまった。


私がアメーバブログに登録したのが2004年の11月だから、
あれから約2年になる。
2年前のあの当時、アメブロの会員数は約2万5千人だった。
私の「青春の雨音」は書き出しランキングは1万1700位から
のスタートである。


最初の頃は連日書いては投稿していて、翌12月には1600位
くらいまでにランキングを上げた。
しかし翌年に入ってからすぐに体調を崩し、ピタッと投稿の数も
減った。


あれからもうすぐ2年である。
今年も2月からこのブログをホッタラカシにしていて、ようやく
昨日から再開したが、ランキングは総合で8万9000位まで落
ちてしまった。

一時はランキング上位を目指したが、今はマイペースで楽しんで
書いて行きたいと思っている。

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【青春の轍-1-2】

幼い幼児はともかく、小学生くらいになると世の中のことが少し
は理解し始めてくる。


それも障害を持っている子供や、病気を持っている子供は、他の
健常者と違って、世の中の矛盾を幼くして肌で感じてしまう訳だ
から、一般の子供よりは大人の感性を持つ。

それは触覚といってもよい。

感性のするどい触覚だ。

特に命に支障を来たすような病気の子供は、世の中の矛盾の他に
命というとてつもなく捕らえどころの無い哲学の世界を背負う。


俺も小学生低学年にして、命の哲理というものを考えるようにな
っていた。


生命の謎…死んだら一体どうなるのだろう?…


人間はどうして存在するのだろう?…


世の中って一体何のために存在するんだろう?…


それよりも人間はどうして生まれてくるの?…


俺は夏休み前のあの屈辱的な水泳禁止者発表という舞台から逃避
したいと考えるようになった。

そのために考えたのが、学校全体で行われる定期的な健康診断を
受けないことにしようということだった。

健康診断のある月をすっかり頭に入れた俺は、その日が来ると学
校を休むのだった。

親に咎められると、学校を早退して帰ってしまう作戦に出た。


担任からは決まって後日再検査の日時を知らされるのだったが、
俺はその日も同じように学校を休むか早退して健康診断を受けな
かった。

だから俺の小学校の健康診断は4年生からの記録が無い。
今では考えられないことかもしれないが、当時一学級が56人も
いる時代だったから、気にもとめられずにすり抜けることが出来
たのかもしれないと今思っている。
(次号へ)

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【青春の轍-1-1】

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2006-10-26 15:53:03

自分の物語を書くということは、思っている以上にかなりしんどい
作業であると私は前回の「青春の雨音」を書き終えた段階でも書
いた。
それは人生は一人で生きているわけではないところから来ている。


自分の物語を書いたつもりでも、登場人物が必ずいる。
それらの人達のことをどう書けばいいのか?…
一言でいうならば、迷惑を掛けてはならないということである。


自分では迷惑を掛けているつもりはなくとも、その人にとってみれ
ば迷惑かも知れないのだ。
真実を書けば書くほどその悩みというか壁に突き当たる。
でも、人のことばかり考えていたら何も書けなくなってしまう…。


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【青春の轍-1-1】


小学生時代、夏休みが終わると2学期の始業式の体育館で、夏休み
中に事故で亡くなった生徒の名前が発表され、壇上の先生の合図で
全生徒が黙とうを捧げる。


亡くなった者の殆どは水死である。
毎年2、3人は必ずいた。


プールも無い時代だったから、水泳をするには河原や沼へ行くしか
ない。
水泳という言葉すら使った記憶が無い。
ほとんどの者は「水浴び」といった。そんな時代だった。


「水浴びは沼では絶対にしないように…」
夏休み前の先生は必ずそういった。また、絶対に一人では行かない
ように、ともいった。

沼は表面の水温は温かいが、足の方に向かうにしたがって水温が下
がり冷たい。その温度差によって心臓麻痺が引き起こされるのだと
いう。


それでも沼へ出かけるのは、河原の泳ぎ場にはその地区のガキども
の縄張りがあり、よそ者は近寄りがたい雰囲気があったからである。

早く泳いだ者の勝ちという図式もあったが、大抵はその人数で決ま
った。

隣地区の学校も異なる奴らとの水浴び場の縄張り争いは、時には両
岸を挟んでの石合戦にもなった。

大小の石の塊がビューんビューんと飛び交った。
俺は敵の礫を頭に受け、見る見るうちにボール大に膨らんだタンコ
ブに驚いたこともある。


ただ俺は、自由に泳げる奴らがうらやましかった。


小学生の俺の夏は憂鬱な季節の始まりだった。


俺は小学校に入ってからずっと毎年のように水泳禁止者のリストに
載っていて担任の夏休み前の発表では必ず俺の名前が読み上げら

れた。

水泳禁止者は眼の病気で当時流行っていたトラホームの者が主だっ
たが、俺は心臓病でリストに載っているのだった。


だから、俺の小学校時代の思い出は暗い。

人間は心臓が動いて生きているのだから、その心臓が病気で、そし
てその心臓が止まったら死ぬ。

小学生の頭でもその程度は考えられたから、心臓病というのは生き
ていく上で致命的な病気として俺の中にインプットされてしまった。


だから、俺は、いつも死を意識していた。


でも、死とは無縁の元気な小学校のクラスの中で、夏休みをとてつ
もなく待ち焦がれてはしゃぎ回る仲間の中で、先生の口から発表さ
れる水泳禁止者に俺の名前が毎年のようにきまって読み上げられる
のは、当人にしか分からないであろう…、プライドを傷つけられ、
ひどく惨めで虐げられる思いだった。
(次号へ)

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青春の雨音を書き終えて…

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2006-10-17 11:15:48

【青春の雨音-三部作を書き終えて】
随分と間が開いてしまいました。気が付けばもう今年も終盤です。
青春の雨音を読んでいただいた皆さんどうもありがとう。
私はこの三部作で「もういいや」と思っていたのです。
でも、時間が経つと、やはり続編も書いてみようかな…という気持ちも
出てきました。

それはさておき、青春の雨音第三話はサヨさんによって思わず童貞を
喪失する機会を得たところまでの話です。
私は高校2年の17歳。サヨさんは10歳年上の27歳でした。
サヨさんとはその後数十年後に一度だけ和哉さんの家の法事の席で出逢
ったことがあるのですが、お互い会釈するだけですれ違った程度の時間
でした。

それぞれの人生の中で、男は童貞を失うということ、女性なら処女喪失
ということになるのでしょうが、やはりそれは人生の中では大きな出来
事といえると思います。

私は自分の人生を振り返ってみて、いい童貞喪失の機会を得たと思って
おります。そういう意味ではサヨさんに感謝の気持ちを今でも持ってお
ります。

私は自分のことを書くということは大変な作業である、ということをこ
の青春の雨音の冒頭に書きました。それは自分だけならいいのですが、
相手のことを書く必要のあるとき、それによって相手の立場を危うくし
たり、また被害を及ぼすことにならないだろうか?…と考えるからです。

事実をそのまま書くということは本当に大変な作業であるのです。
だからほとんどの方はこの壁で書くことを諦めてしまうのです。

よく暴露本なるものが芸能界などで出版されることがありますが、それ
がグループ活動をしていた中の一人が書いたものの場合などはよくそれ
が原因で仲たがいしたり、問題を引き起こしたり、ニュースになるほど
の大きな波紋を広げることを眼にすることがあります。
それほど大きな作業なのです。

私もそれを思い、まだ生存している方のことを書く場合などは極力匿名
を用い、内容も迷惑のかからない範囲内に納めるよう努めて書いており
ます。
それでも事実は曲げたくはないので、読む人が読めば察しが付くだろう
し、芸能界ほどではないにしても気まずい間柄になる場合などが皆無と
はいえないかも知れません。
そういう意味では年数を経たとはいえ、私の身近な人には読んで欲しく
ないという気持ちは今も持っておりますし、私はここにブログを書いて
いることは家族にも知らせていないのです。

はてさて、そんな中で、私は青春の雨音の続編を書くことを決めました。
どこから書くかはまだ決めてませんが、大きな区切りでもあるので、こ
の際題名を変えようと思っています。
この次も三部作程度になる見込みですが、どこら辺りまでの内容になる
のかは当の本人にも分かりません。
それほど人生には出来事が詰まっているのです。

最後に、第一話に負けないような面白い内容になるはずですので、この
次もよろしくお願いします。

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青春の雨音-3-42(完)

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2006-01-05 20:45:02

【42】
翌日早朝に俺は和哉さんの家を飛び出したが、もう下のコンニャク工場では

湯気がたちこめた中で仕事が行われていた。
その中にはサヨさんの姿もあった。


俺は、チラッとだけ眼をやったが、サヨさんは普段と変わらぬ顔で仕事をこな
していた。


階段を降りてきた俺に気付かないのか、気付いてもわざと知らない振りをし

ているのか、俺はすぐに外に出たが、少し寂しい気持がした。


また、家路に向かう途中に、昨夜の出来事は夢のような気さえしてくるのだ

った。
あのサヨさんの温かくふくよかな胸に抱かれた感触は記憶の底に残ってい

るのに、今は何もかもが遠い夢のような、幻のように思われていた。


何とか和哉さんには、俺とサヨさんの関係はばれずに済んだようだったが、

その後しばらくは和哉さんの家に行く度胸が湧かないでいた。

サヨさんにまた会ってみたい気持はあるのだが、なんだか会うのが怖いよ

うな気さえしてくるのだった。


年の瀬も迫り、和哉さんの家に足が向かない間に、クリスマスも過ぎ、学

校も冬休みに入っていた。
俺は、サヨさんにクリスマスのプレゼントを贈るつもりでもいたのだった。
だけど、メモ用紙ならいざ知らず、少し大きめのプレゼントを他の人たちに

気付かれずに渡す自信はなかった。


俺があまり顔を見せないものだから、和哉さんから風邪でもひいたのか?

という心配の電話があり、急に行かなくなるのも変に思われると思い、和

哉さんからの電話をよい機会ととらえて、今から行くよ、と俺はいった。

あの日からもう11日が過ぎた12月26日の午後3時、俺は和哉さんの家

に向かった。


和哉さんの家に近づくに連れて、俺の胸は高鳴った。
サヨさんを再び見れる嬉しさがあふれてくるのだった。

もう相部屋の女は帰っているだろうから、あの夜のようなことはもう無い

だろうと思いながらも、ただ、サヨさんのいる家へ向かう喜びに胸は高鳴

るのだった。


今月いっぱいで、おそらくサヨさんはコンニャク店の手伝いも終り、故郷

へ帰ってから、来月の東京への嫁入り支度にとりかかるだろうから、もし

かしたら、本当に今日がサヨさんの姿を見る最後の日となるのかもしれ

ない、と俺は思った。

そう思うと、ぜひとももう一度会って、話し合ってみたいという衝動に駆ら

れてくる。


和哉さんの家に着くと、いつものように「みつるで~す。おじゃましま~

す。」
といって、俺は2階の和哉さんの部屋へと向かった。

和哉さんの部屋へ行くには、工場の中の階段を登って行かなければな

らない。
工場は、朝から昼までの午前中の仕事が主で、昼をはさんで午後は、

機械の清掃や、糸こんにゃくの巻き取り作業などが行われていたが、

いくら工場の中を見渡しても、見慣れたサヨさんの姿はなかった。


俺は、少し胸騒ぎがしてきた。
和哉さんの部屋に入ると、「サヨさんの姿が見えなかったけど」と和哉さ

んに自然な口調で訊ねた。

机に向かい、何やらノートに書込みしていた和哉さんは、
「ああ、サヨさんなら丁度クリスマスの日に辞めて、家に帰ったよ」
とさらりと言った。


「へえ、そうなんだ」
と、俺もこらえてさらりと応えたが、何やら、涙がこぼれ落ちそうなくらい、

胸の中では悔しい思いをしていた。
何でもっと早く来てやらなかったんだ、サヨさんだって、もう一度くらい俺

と会いたいと思っていたに違いないんだ…。
この、バカヤろーが。


「なんか、正月に東京から結婚相手が迎えに来て、すぐ式を挙げて東京

へ一緒に向かうことになったとかで、故郷の母から急に呼ばれたんだっ

てよ」

俺はこぼれ落ちそうな涙を我慢して、和哉さんに近づき、自然な口調で

「何を書いてるの?」とノートを覗き込んだが、声はいつもと違い、うわず

っていた。
「集めたレコードのデータ集を整理しているんだよ」
「ああ、いつものか」
「ついに100曲を超えたぜ」
「ふ~ん、すごいな、100曲か…」


何気ない会話を交わしながらも、俺は、二つ離れた廊下の奥の部屋へ

と気持は走っていた。
あの夜の状況が、俺の体全身によみがえってきた。

もう一度、サヨさんに会いたかった。いや会いたい。本当に会いたい。
柱にもたれて、座り込んだ俺に、
「どうしたんだい? やはり風邪でもひいているんじゃないのか?」
と和哉さんは心配顔で俺を見た。


俺は和哉さんと眼を合わせることができなかった。
「んん、まだ少し熱があるみたいだな」
といって、首をうなだれた。
サヨさんのいなくなった和哉さんの家は、急に色あせたものに思えて

きた。


「和哉、配達に行ってくれ」
と和哉さんの父親の呼ぶ声が階段下から聞こえてきた。
「ちぇっ!」
と舌打ちしながら、和哉さんは階段下へいつもの通り降りて行く。


一人になった俺は、サヨさんがいた部屋へと向かった。

まだ誰もいないと知りながらも、そっと戸を開けて、あの時のように

中をうかがった。
まさにあの夜の光景が俺の頭の中にまざまざとよみがえった。


ただ、昼のサヨさんがいた部屋は、こんなにも明るかったのかと思

わせるほど、開かれたカーテン越しに、冬の陽射しがまぶしく差し

込んでいた。

こぎれいに整理された部屋は、サヨさんの荷物がなくなった分だけ

広く感じられた。


俺は、部屋へ足をふみ入れると、サヨさんが布団に横になっていた

辺りに行き、あの夜と同じように横たわった。


しらずしらずのうちに、涙が頬を伝って、畳に落ちた。
俺は、唇を噛みしめながら、そのままずっと横たわったままでいた。
(青春の雨音-第三話-完)

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青春の雨音-3-41

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2006-01-03 20:50:30

俺はそのサヨさんの行動に驚いていた。
それに、俺は何をどのようにしてよいかさえ分からないのだった。

サヨさんは、俺の唇に自分の唇を押し付けながら、じっと抱き合ったままで

いた。


しばらくはそんな時間が流れていった。
俺の頭の中では、少し混乱を起こし、これは夢ではないのか?などと思っ

たりした。本当にこれはあのサヨさんの唇なんだ。
そう思うと、胸の高鳴りはさらに大きく、ドッキンドッキンと脈打つのだった。


しばらくすると、真っ暗だった部屋にも眼が慣れてきて、ぼんやりとサヨさ

んの顔かたちが見て取れた。
唇を離したサヨさんも、俺の顔を見ていた。
そして「うふ」と喜びの声をもらした。

俺はそれだけで満足だった。


今日の俺の計画はサヨさんの唇を吸うことだったからだ。
その目的が、意外な形で展開されたのには驚いたが、目的を果たせた俺は、

サヨさんに回していた腕を戻し、サヨさんの横で仰向けに天井を眺めていた。


サヨさんは何を考えているのか、俺の右手を再び握り、自分の乳房へと運ぶ。
俺は、躊躇して手を引っ込めようとすると、サヨさんは、薄暗い中で、俺の顔

を見ながら、顔を縦に振って、「いいのよ」といっている仕草をした。


俺は頭の中が真っ白になっていくのを感じながら、気がつけば、サヨさんの

乳房に唇を押し当てていた。
そして大胆になっていく自分がいた。
乳房から乳首へと唇が這い上がり、俺はサヨさんの乳首を吸っていた。


サヨさんは「うっ」と吐息をもらした。
そして、さらに俺の右手をつかむと、自分の下半身へと誘導するのだった。

サヨさんは寝巻き一枚だけを着た状態で、下着も何もつけていなかった。
俺は、生まれて初めて女のあそこを触った。


すでに充分に濡れていた、という感想をいえるのはずっと後になって思い起

こすことであって、その当時は、「女のあそこはなんでこんなに濡れているの

だろう?
サヨさんおしっこでももらしたのだろうか?」などと当時はあそこを触りながら
本気でそんなふうに思っていた。


サヨさんに導かれながら、俺は乳首を吸ったり、女のあそこを触ったりしてい

たが、その後どうすればよいのかも分からないのだった。


サヨさんはそれを察知したのか、今度は、サヨさんの手が俺のあそこに伸び

てきて握るのだった。
俺は恥ずかしさのあまり、思わず尻を後ろへ引いた。
サヨさんの俺のあそこを握る手が外れ、サヨさんはその後再び俺のあそこに

手を伸ばすことはしなかった。


俺の頭は、完全に混乱していた。
それは、女を知らない男の混乱といってもよかった。

サヨさんは、もう知らないというふうに、体の力を抜くと、仰向けになったまま、
天井を向いて眼を閉じていた。


俺は、左ひじで横向きに体を起こし、サヨさんの顔を上から眺めおろした。
眼を閉じるサヨさんの耳元で、「ごめん」と静かに息を吹きかけた。
サヨさんは目を閉じたまま、再び俺の背中に腕を回し、俺の体を引き寄せた。


後は、サヨさんの誘導と、俺の自主的な本能の動きとで、俺はサヨさんによ

って17歳7ヶ月、高校2年で女の体というものを初体験したのだった。


ただ、その最中、二つはなれた部屋に寝ている和哉さんに向かって、「すま

ない和哉さん。先輩のあなたを追い越す行為を許してください」などという言

葉が頭をかすめたことと、サヨさんの夫になる頑強な体の写真の男の顔など、
また、来月早々、東京に嫁いで行くサヨさんに対して、こんな行為をしていい

のだろうか?…、という複雑な思いが、俺の頭の中を駆け巡っていた。


しかし、若い俺の体は、途中で行為を止めることはできなかった。
俺は頭の中の混乱を振り払うように、激しく腰を動かした。
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青春の雨音-3-40

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2006-01-02 09:33:19

【40】
待ちに待った土曜の夜、和哉さんと俺は色々な話に盛り上がり、布団に入っ
てからも和哉さんは何やらかにやらと語りかけては、寝ないのだった。

俺は、サヨさんの部屋へ行くために、和哉さんに早く寝て欲しかったが、い
つもの通り午前0時を廻ってしまっていた。


サヨさん、待ちくだびれているだろうな、と、俺も気が気ではなかった。

そういえば、いつも決まって行う恒例のオナニーをやってないから寝れない
のだろうと思い、俺の方から和哉さんに「いつものヤツをやろうか?」と持
ちかけた。


「もう最近は、家の手伝いで疲れ果ててその気力さえ起こらないんだよ。ゴ
メン、やるなら一人でやって」
といって、枕元においているちり紙をぽいと俺の方に投げてよこした。

その後、しばらく沈黙が続いた後、気がつくと和哉さんは寝入ってしまって
いた。


時計を見ると、午前1時に近かった。
俺は枕もとの電気スタンドのスイッチを切った。
和哉さんの部屋が真っ暗になった。

和哉さんのかすかないびきが聞こえてきたのを機に、俺は布団を抜け出した。


忍足でサヨさんの部屋へ通じる廊下を歩く。
廊下やサヨさんの部屋の下はこんにゃく工場になっているので、よほどの音
を立てない限り、皆に気付かれることはなかった。


しかし、俺の胸の鼓動は、家中に聞こえるのじゃないのかと思えるほど高鳴
り、サヨさんの部屋に近づくに連れて、その高鳴りは大きくなるのだった。


サヨさんの部屋は蛍光スタンドが点けられていて、その灯りが廊下にもれて
いた。それは灯台の灯りのようで、海原を行く船を導いているかのようだった。


近づくと、指一本分戸に隙間を作ってくれていて、サヨさんは俺の来るのを
待っていてくれたのを感じ取れた。


戸の隙間から覗くと、サヨさんは布団に向こう向きで寝ていた。

俺は、これまでの以前のように、北国特有の綿入れ半天を着たサヨさんが、
こたつに足を入れて紙と鉛筆を用意して待っているものとばかり思っていた
が、今回の布団に横たわるサヨさんを眼にして、このまま入っていってサヨ
さんを起こしていいものかどうか迷った。


サヨさんは本当に寝入っているのかどうか、ピクリとも動かない。

俺も寒さに体中が痛くなってきた。

俺は思い切って、そっと戸を開けて閉めると、サヨさんの布団の中にもぐり込
んだのだった。


布団に横たわっていたのは、サヨさんの戦略らしかった。

サヨさんは眠ってはおらず、俺に背中を向けたまま、右手で俺の右手をつかむ
と、温かいサヨさんの胸の方へ引き寄せるのだった。
俺はサヨさんのその意思を感じ取ると、両腕をサヨさんの体に回し、力いっぱ
い抱きしめた。
サヨさんの体は温かく、冷えた俺の体はその温もりにみるみるうちに温まるの
だった。


サヨさんは右手を布団から出すと、枕元にある紙をつんつんと指差した。


俺はその紙を見ると、
「あなたとこうして会えるのは、今夜が最後です。あなたに何かお礼をと考え
たけど、何もできずに今日を迎えてしまいました。これまでのお礼のつもりで
一夜を共に過ごせたら私も嬉しいです。だから、今夜は何をしてもいいよ。」


俺が読み終わるのを待って、サヨさんは再び白く美しい腕を布団から伸ばすと、
蛍光灯のスイッチを切った。


真っ暗になって、サヨさんは俺の方に向きを替え、胸と胸を合わせて強く抱き
合った。サヨさんの胸は予想を超えて大きくふくよかだった。
躊躇する俺に、サヨさんの温かな唇が俺の口をふさいだ。
(次号へ)

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青春の雨音-3-39

テーマ:ブログ
2006-01-01 11:38:40

【39】
12月も押し迫ったある日、サヨさんは和哉さんを訪ねた俺を待ち構えてい
たかのような顔をして一枚の手書きメモを素早く渡した。

俺も何食わぬ顔をしてそのメモ書きをポケットにしまうと、和也さんの部屋
へと向かった。
そんな素早さはお互い慣れた行為になっていて、周りの誰からも二人の関係
をまだ知られずにいた。


和哉さんはコンニャクの配達に行っていて留守だった。
俺は、先ほど手渡されたサヨさんからのメモ書きをコタツに足を伸ばしなが
らゆっくりと読んだ。


「恵子さんのおばあちゃんが亡くなったとかで、今度の土曜日から3日間、
私は部屋に一人でいます。ぜひ来て下さい。」


俺は、嬉しさのあまり、何度も何度もメモ書きを読み返していた。

和哉さんが帰って来たので、俺はメモ書きをポケットにしまい込んだ。
そして、「今度の土曜日泊ってもいいかな?」と和哉さんに聞いた。


和哉さんは、「何をそんな遠慮した言葉づかいをしているんだ。満君らしく
ないな。いつもは明日泊めてとか、その日だって、今日泊って行くよ、など
どいうくせに」
「何かあったのかい?」
と逆に問いかけられてしまった。


「いや、別に何も無いけど、和哉さんの店、年末は忙しそうだから」

これまでだって、年末年始なんて関係なく、泊りたい時に泊り、語りたい時
に語ってきた仲なのであった。
「じゃ、水臭いこというなよ。泊りたけりゃ、泊ればいいじゃないか」
「うん、わかった、じゃ今度の土曜に泊りに来る」
と俺はいった。


和哉さんは、このところ嫌な店の手伝いで、デートの時間が取れず、イラつ
いているのが分かっていた。
そのデートでも、相変わらずキス以上に進展が見られず、泊りあった時は決
まって行う、お互い何かを語りながらオナニーにふける時も、
「ちくしょう、いつになったら俺のこの肉棒が彼女のあそこをぶち抜くんだ
ろう…、こんなことしていると永遠にそんな日が来ないような不安にかられ
るよ」
などど言っては、彼女の名前を叫びながら果てるのだった。


俺は、土曜の夜に和哉さんの家に泊まる約束を得たことで、サヨさんの部屋
へ再び行ける事が嬉しくてならないのだった。


トイレに入って、俺も「土曜日夜、OK!」とだけ書いたメモ書きを準備した。
そして、さりげなくサヨさんに渡すことに成功した。


俺とサヨさんは、2度ばかりのデートを重ねていたが、映画館で手を握った
のがこれまでの最大の成果だった。


俺は、今度の土曜の夜、サヨさんと二人きりの夜に、バイクで見たあのサヨ
さんの美しいきれいな白い歯や唇を吸ってみたいと思ったことを、実行に移
せるのではないのか…、という期待と不安の入り交じった気持が湧いてきて、
そう考えると、俺の下半身は敏感に反応して勃起してくるのだった。
(次号へ)

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