男はなぜいつまでも子供なのか? | 真面目に脱線話@リンガランド英語塾

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英語や芸能など、思いついたことを適当に書いていくという、そういうブログです。

本ブログでもこの話題は何度か取り上げました(→過去ログ)。最近、心理学の世界では男性のシンボルに関するこの話題をけっこう目にします。



以前は「ナニ」なんて書いてきましたが、決して茶化しているのではありません。そのまま書くとアメブロの規制に引っかかり、記事がアップできなかったからです。




さて、その「男性のナニ問題」ですが、最近はアメリカで精神を病む1つの大きな原因として、徐々に社会問題化しているようです。



アメリカで流行ることは、良いことでも悪いことは、だいたい5年前後で日本に来るという、かなり独断が入りますが、自分だけの経験則があります。そんなこともあって、今回、「ナニ問題」を取り上げることにしました。



それにしても、女性の性的抑圧のひどかったフロイトのいた昔ならともかく、現在の、しかも女性ではなくて男性にこのような性に根ざした問題が起こるのでしょうか。



では、さっそく見ていきましょう。タイトルはPenis Size: A Consideration of Fantasy and Reality(ナニの大きさ――幻想と現実を考慮して)で、筆者はアメリカのペンシルバニア大学病院の医師Lawrence D. Blum准教授です(→外部記事リンク)。「フロイトを超えて」というシリーズの最新記事です。



文体がかなり堅く「ナニ」だと合わないので、以後、「モチモノ」と表現したいと思います。

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なお、文中のpenis envyというのは、女の子が男の子にだけモチモノがあることに嫉妬するものだというフロイトの考え方の1つです。ただし、この記事に限っては「モチモノを大きくしたい」という男性の願望も含まれているようです。



Human concern about the penis is old and universal. Artifacts from around the world feature human forms with exaggerated genitalia. Little boys in all cultures get accustomed to touching themselves early, and if possible, often. Freud was both right and wrong about penis envy. Does it exist? Yes. In women? Occasionally. In men? Almost always. Men worry that some other guy is bigger, and that women care. Men develop fascinations with cigars, pens, cars, trains, baseball bats, knives, guns, and sausages, but not usually with frisbees, soup, pillows, or suitcases. They exhibit themselves and hide themselves, and they make endless anxious locker-room jokes. Men want to be bigger and at the same time often fear being bigger, sensing it to be dangerous. This makes realistic understanding of size surprisingly difficult.

「モチモノの悩みは古く全人類的だ。誇張化した性器を有した人間の造形物が世界中に存在する。あらゆる文化圏で幼い男の子は早くから自分で触ることに慣れており、可能になればそれは頻繁に起こる。フロイトのモチモノ羨望については正しいことも間違いもある。そもそもそれは存在するのか? イエス、存在する。女性にあるのか? ときどきある。男性には? たいていある。ほかの男性のほうが大きいとか、女性が気にしているなどと、男性は不安になるものだ。葉巻、筆記具、車、電車、バット、ナイフ、銃、ソーセージなどに男性はあこがれを募らせるが、フリスビー、スープ、枕、スーツなどに憧れることはあまりない。男性はひけらかし隠し、とめどなく更衣室ジョークを言う。男性は大きくありたいと同時に、大きくなることを恐れ、それが危ないことだと感づいている。このことが大きさについての常識的な理解を恐ろしく難しくする」



フロイトをかじったことがある方ならなんとなく飲み込めそうな記述ですが、まるで関心がない方は何を言っているのかわからないかもしれません。



要は、男性は自分のモチモノに対する自信と不安がいつも交錯しているということです。そこから、日常生活においてもさまざまな心理状態がもたらされると暗示しています。



なんだかよくわからないという方は、この文章がすべて男性のモチモノについての話だと考えて、何を言っているのか考えてみてください。すべてナニの話だと考えれば、なんとなくわかってくると思います。



ちょっと長いのですが、次の記述もなかなか興味深く感じます。



Much of the thought and feeling on this subject is infused with concerns from childhood. In the child's mind, and therefore on some level in the adult's, bigger is always better. In Westerns, the bad guy is always older, dressed in darker (non-innocent) clothing, tall in the saddle, and always has a beard or moustache. He is powerful, the father, the antagonist of the beardless youth who tries to win the woman that the older man wrongly holds hostage. I have yet to meet a male patient who didn't bring forth some present-day version of this perpetual struggle to be as big as his dad; big instead of his dad; bigger than, and with all the advantages of, his dad (or grandfather, uncle, or whomever the most primary male was). Sometimes these strivings are subtle, sometimes they are blatant, and often they are disguised by submissiveness or self-defeat. Frequently they show up as anxiety about attaining the privileges of the adult male, such as having sex, holding a good job, or earning a promotion.

「このテーマに関する意見と感情は、子供のときの不安定な感情に起因している。子供の精神は、大人になってからもある程度は通ずるごとく、どんなときも大きいほど良いものだ。西部劇では、悪者はいつも年上で、黒っぽい(純真さのかけらもない)服を着て、高い権限があり、いつもヒゲを生やしている。彼には権力があり、ヒゲのない若者の父親でありライバルである。若者は年配の男が不当に人質にしている女性を勝ち取ろうとしている。私がまだ出会ったことのない男性患者がいる。それは父親と同じくらい、あるいはそれ以外の大きいものをもった男性と同じくらいになろうと、あるいは父親(や祖父やおじ、あるいは最も上位にある男性の誰か)より大きいか優位にあろうと、いつまでももがいていくために今日的な見解が見られなかったような患者だ。こういったもがきは、わずかであることもはでなこともあるし、服従や自滅でごまかしていることも多い。女性とベッドインするとか立派な仕事をしているとか出世するなど、成人男性の特権を得ることへの不安として現れることも頻繁である」



男性のシンボルから連想される関係が、アメリカ開拓の物語である西部劇ににおいても忠実に反映されているという主張です。西部劇は劣勢な正義の味方が男性のシンボルになりうる銃で悪を退治するという話が基本ですから、言われてみると納得できるところがあります。



また、男の子が本質的に抱えたこの不安を引きずると、大人になっても「大人としての儀式」に自信が出ないというのも実感に合う話ではないでしょうか。


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ところで、「男は何歳になっても子供だよねえ」と思っている女性はいませんでしょうか。私の知る限り、ほとんどの女性がそのように言います。



次の内容はその理由の一部を明らかにしたものです。なぜ男はいつまで経っても子供なのでしょうか?



Children make their best efforts, using the means at their disposal (such as fantasy) to right the terrible injustice of being little. They are envious, imperious, and wishful, even as they are also kind and loving. Smart as they are, they have little sense of reality. Plotting to get what the adults have-their partners, money, big bodies and big penises-they expect others to be up to the same tricks as they are. They know from their own fantasy schemes to get the goods from the big adults that it's dangerous to be big and to have the treasure, because then you are a target. Just as in the Westerns, someone may be gunning for you. So they play defense as well as offense and protect their own precious possessions.

「子供は努力して、幻想などの意のままになる方法を使って、小さいというみじめな不当さを正当化する。たとえ親切でかわいくても、彼らは嫉妬深く横柄で欲深い。頭が良くても堅実さはほとんど皆無である。パートナーやお金や立派なからだや大きな持ち物など大人が持つものを横取りしようと、他人がそれらと同様の卑怯なことを企んでいると考えている。大人から利益を得るという自分の幻想の企みから知るのは、大人になって財産を持つと標的になるから危ないということだ。ちょうど西部劇でやるように、誰かがあなたを撃とうとするかもしれない。だから、自分の価値ある所有物を守るとともに、攻撃するわけである」



子供の心理、とくに子供の攻撃性について書かれています。



男の子の「子供らしさ」というものは、無邪気さなどではなく、その欲深さや嫉妬深さといった自分の持たないものを持つ大人に対する嫉妬などの感情にある。なぜなら、その感情から「子供であろう」とする意志が出てくるから、という驚きの指摘です。



何もかも持っている大人からいろんなものを奪いたい。・・・いや待てよ。自分が奪いたいなら、相手もそうじゃないか。じゃあ、自分がそれを手にしたとたん奪われるかもしれない。でも、「自分はまだ無力な子供だ」と思えば解決します。小さいのなら人から奪われるものなどないので安全です。その代わり、そこから来る「みじめさ」は甘受するしかありません。




このことは男女の行動の差からもわかると筆者は言います。たとえば、トイレに行くとき。



女性はほかの人を誘いますが、男性はひとりで、できればほかの人に気づかれないようにして行くのが基本です。男性は、自分の所持物を他人の目に触れさせるのが危険だと本能的に考えるからです(ただし、女性も同じような自己評価の低さの問題を抱えており、それが今日の美容整形の隆盛に結びついていると筆者は主張しています)。



では、女性は男性のモチモノについてどんなふうに考えているのでしょうか。筆者は精神科医の経験から次のように主張します。



Ironically, while men are busy imagining that women want them to have bigger penises, the women would prefer that the men be self-confident enough not to be concerned about penis size. I have rarely heard a female patient trouble herself to comment about the size of her partner's penis, but women care a lot about whether their partners are confident, decent, and can stand up for themselves and others. (Yes, there's a pun there.) In fact, in the few times I've heard a woman venture a thought about the size of her partner's penis, the more frequent concern was that it would be too big, contributing to a fantasy of injury.

「皮肉なことに、男性は女性が大きなモチモノほしがっていると絶えず推測しているのに、女性側は大きさのことなど気にしない自信のある男性を好むものである。パートナーの男性のモチモノが心配だと口に出してトラブルになっているという女性患者などほとんど耳にしたことがない。だが、パートナーが自分に自信があるかどうか、品があるかどうか、自分や他人のために行動できるかどうかを女性はかなり気にする(そうです、シャレが入っています)、それどころか、ある女性がパートナーのモチモノの大きさについてあえて言うのを聞いた数少ない機会では、大きすぎるという幻想のトラウマにはプラスになる悩みのほうが多かった」



女性は大きさなど気にしていない。それより自信や思いやりのほうがずっと大事だと指摘しています(シャレはstand upのところでしょうか。オヤジギャグ!)。


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では、肝心の男性にとってはどうなのでしょうか。



So does penis size matter? What we can see is that the dimensions don't, but the feelings and fantasies do. Men care about it and will continue to. The past is present. Junior male apes want access to the females possessed by their seniors; David still fights Goliath; Moses continues to oppose Pharaoh; and every day around the world Luke Skywalker takes on Darth Vader with a 3-foot light saber. As long as they love their mothers, boys will be certain that bigger is better. Although the boy remains present in the man, he also grows up. Even so, to move from residual childhood preoccupations to more adult accomplishment, many men need psychoanalytic therapy to help separate childhood fantasy from adult reality. When they are able to transform their childhood efforts to even the score with the giants into working well in the world and caring about others, they feel more satisfied with themselves, and their partners are happier with them as well.

「モチモノの大きさは本当に大事なのだろうか。ここまででわかるのは、大きさ自体は大事ではないが、感情や幻想においては大事だということだ。男性はそれを気にかけ、その後もずっと気にかけ続ける。過去は現在である。子供のオス猿は年長の猿のものであるメスには手を出したいと思わない。ダビデはゴリアテといまだに戦っている。モーゼはファラオと反目し続けている。そして、毎日、世界の至るところでリューク・スカイウォーカーがダースベーダーと3フィートのライトセーバーで戦っている。母を愛する限り、少年は大きいほど良いと信じ込む。少年は幻想にとどまったままだが、また成長もする。そうだとしても、自己中心的な子供の面が建設的な大人らしさに移行するように、心理療法を使って大人の現実性と子供時代の幻想を線引きする必要がある男性は多い。巨人の所有物さえ得ようとする子供のときの努力を、社会で成功し、他人を思いやることに変質させることができるとき、彼らは自分にもっと満足し、パートナーもまた彼らに満足する」



最後に筆者はこの問題を解決する大きなヒントを提示してくれました。それは、現実と子供時代に培った幻想とを線引きするということです。それさえできれば、一種の幼児性からくる男性の精神症は治るという暗示しています。



専門家に診てもらったほうがいいよと言っていますが、おそらく宣伝というより、専門家特有の「良心的責任回避」とでも言うべきものでしょう。



この論がフロイトを超えているかどうかはわかりませんが、男性の幼児性から来るもろもろの問題を解決する1つの大きなヒントとなるのは間違いないように感じました。



以上、男の沽券(こけん)は股間に影響されるというお話でした。



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