ドラマ「アストリッドとラファエル」。
毎週、楽しく、見ていますが、シーズン5のラストから、アストリッドの恋人「タナカテツオ」の正体が、問題になっていた。
そもそも、ラファエルが、VXによって、生死の境を彷徨ったのは、タナカテツオがするはずだった指輪を、軽い気持ちで、自分の指にはめてしまったため。
つまり、狙われたのは、タナカテツオということになる。
ちなみに、ラファエルの足は、回復をし、普通に歩けるようになったのですが、今回、手の指が、思うように動かせないという描写が、ありました。
ほどけた靴の紐を、上手く、結ぶことが出来ない。
そして、犯人グループを前にして、拳銃を、撃つことが出来なかった。
これから、ラファエルは、どうなるのか。
さて、問題の「タナカテツオ」ですが、実は、これは、偽名だった。
本名は「ホシダテツオ」。
身分を偽って、「タナカ」さんのところで、世話になっていたところを、アストリッドと出会ったということになる。
なぜ、「テツオ」が、身分を偽って、フランスで暮らしていたのか。
それは、大企業の経営者である父親の後を継ぐことを拒否するため。
自分には、父親の後を継ぐということは、荷が重すぎる。
その立場から逃げるために、フランスに来ていたということ。
テツオは、自分が「タナカテツオ」ではなく、「ホシダテツオ」だということを、アストリッドの部屋で、アストリッドに打ち明ける。
すると、アストリッドは、「あなたは、知らない人です。この部屋から、出て行って下さい」と、テツオは、アストリッドに、部屋から追い出される。
アストリッドは、自閉症で、その自閉症の特徴が、ドラマの中では、色々と、描かれるのですが、ドラマの中で、「タナカテツオ」だった人の名前が「ホシダテツオ」に代わると、「それは、別人である」と認識するというのは、自閉症の人に、実際に、ある、特長ということなのでしょうか。
これって、よく考えると、不思議なことですよね。
普通の人にとって、「タナカテツオ」も、「ホシダテツオ」も、目の前に居るのは、同一で、一人の、同じ人間。
しかし、自閉症であるアストリッドにとっては、「タナカテツオ」と「ホシダテツオ」は、名前が違い、すなわち、別の人間となる。
これは、つまり、「世界に対する認識」の違いということになるのではないでしょうか。
言い換えると、アストリッドは、他の普通の人たちとは、違う世界を見ているということ。
そもそも、人は、みんな、「同じ世界」を見ているのか。
突き詰めて考えると、哲学的ということになりますが、僕には、それだけの頭脳がある訳でもない。
しかし、恐らく、人間は、みんな「同じ景色」を見ているのは、確かではないでしょうか。
それは、「光」を「目」が捉え、それが、脳の中で、映像として認識される訳で、その能力が同じならば、見ている「景色」は、同じものとなるはず。
それは、目以外の感覚も、全てが、同じ理屈でしょう。
しかし、人間には、複雑な「心」というものがある。
そして、この「五感」によって捉えられた景色を、どう解釈をするのかは、その「心」の問題で、恐らく、それは、人によって、全て、解釈は、異なるもの。
人の数だけ、それぞれの「心」がある訳で、全ての人にとって「同一の景色」だからといって、それは、「同一の世界」ではない。
つまり、人の数だけ、それぞれ「別の世界」が、この世には、存在をするということになる。
そして、それが、著しく、常識とは離れてしまった場合、それは、異常であり、病気と、認識されることになるのではないでしょうか。
さて、以前、ドラマ「相棒」を見ていて、印象に残っている回があります。
それは、横山めぐみさんが、演じる女性が、被害者として、殺害をされた回。
横山めぐみさん演じる女性が殺害され、杉下右京は、その捜査に乗り出す。
被害者女性の周辺の捜査をして行くと、女性は、よく分からない言動で、周囲を困らし、近隣の人たちから、迷惑がられ、嫌われていたことが分かる。
女性の過去を調べて行くと、親の介護に、長年、尽くしていたこと。
その後、コールセンターで働きながら、素朴な生活を送っていた。
そして、自分に好意を持ってくれる男性に出会う。
女性にとっては、初めての恋人。
女性もまた、相手の男性を、心底、好きになる訳ですが、実は、相手の男性は、詐欺師で、女性から、お金をだまし取るために近づいていた。
女性が、その事実を知り、相手の男性に問いただしたところ、ハッキリと、「騙すために近づいた」と言われたことで、女性は、大きなショックを受ける。
女性の言動が、おかしくなってしまったのは、そこからのこと。
そして、杉下右京は、事件を解決に導く訳ですが、そこで、事件を解決した後の、杉下右京の一言。
「彼女は、彼女にしか分からない世界を、懸命に、生きていたんでしょうね」
この杉下右京のセリフが、何だか、僕の胸に刺さった。
僕もまた、多分、これまで、僕にしか分からない世界を、懸命に、生きて来た。
それは、恐らく、誰にも、理解をすることは出来ないのでしょうね。