自分の生きる道を歩む「人生の勉強会」【秋田県秋田市】
  • 15Sep
    • やっちさんは「仕事」をどのように考えていますか?

      私は仕事とは、命をかけてやるものと理解しています。「過労死」や「過労自殺」が問題になっています。そのたびに、どうして仕事なんかで死ぬんだろう、と私たちは思うわけですが、そもそも、仕事とは命をかけてやるものであり、命をかけることが求められるものです。命を落とすことがあることは、自然なことでもあると理解しています。けれども、もちろん、死にたくはないわけです。では、どうしたらよいか。究極的には、死んでも悔いがないと思えるような仕事に就くしかないんだろうと思います。仕事で命を落とすこともまた、自然なことであるとするならば、命を落としても悔いなし、と思えるような仕事に就くことが、満ち満ちた人生を送るうえで大事なことであり、そんなふうに覚悟を固めることが、過労死や過労自殺を回避して、満ち満ちた人生を歩むことにつながると理解しています。死んでも悔いがないと思える仕事にたどり着くまで、私たちは放浪することになるのかもしれません。そのために転職をしたり、起業にチャレンジすることは、正しいことだと思います。私もまた、仕事は命をかけてやるものだと理解し、今まさに、自分の仕事に命をかけてのぞんでいます。そして、死んでも悔いがないという姿勢で仕事にのぞむように心がけています。そんなふうに思う仕事は楽しくて、体の調子も良くなっているように思います。人生の勉強会で一緒に勉強しませんか?http://lifestudy.jp

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  • 14Sep
    • 音楽を聞きながら、波間をただようように

      一週間の仕事が終わり、自宅に帰ってきました。疲れのままに自室の床の上に寝転がってうとうととしていました。YouTubeで音楽を鳴らしながら、宇宙に溶け込むような感じで、ゆたゆたと波間を漂うように、過ごしていました。そうしたら、気が付けばこの動画の音楽集が流れていました。この動画の音楽集に、吸い込まれるように聞き入ったのです。そして、さらに私の心はゆたゆたと星空の合間をただよったのでした。音楽はいいですね。人類はあるときから音楽に気が付きました。それはすばらしい発見であったように思います。音楽がなければ、この世界はどうしてさみしかったことでしょう。音がある生活。それは満たされた生活でもあります。今日も音楽を聴いて心癒されます。そして眠りにつきます。おやすみなさい。人生の勉強会にきませんか。http://lifestudy.jp

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  • 13Sep
    • やっちさんは「仲間の存在」をどう思いますか?

      「人はひとりでは生きられない」なんて言葉をどこかで聞いたことがあると思います。そう、確かに私たちは「ひとりでは生きられない」存在でもあります。その一方で、現代日本社会においては、一人でも生きられてしまう現実もあります。自宅の部屋に籠って生涯を過ごすこともできます。お金だって、ネットで一人で稼ぐこともできます。コンビニに行って店員と話すなど、何らかのコミニュケーションは生じる可能性はありますが、事実上、まったく一人で生きていくことも現代日本社会では可能です。では、ここで質問します。たった一人で生きていく人生と、仲間に囲まれて楽しく生きていく人生とどちらがよいでしょうか?仲間に恵まれて和気あいあいと生きていく人生。愛する人に恵まれ、仲間に囲まれて生きていきたいと願う人は多いのではないでしょうか。人間は人の間と書きますが、まさに人間とは、人と人との間に存在する生き物でもあります。現代日本社会では、仲間に囲まれていても一人ということも現実に起こったりします。仲間に囲まれていても、偽りの時間が流れて空虚に生きる。結局は一人とまったく変わらないということは、起こります。「二人でいても一人」なんて言葉を聞いたこともあるかもしれませんが、それもまた現実です。では、仲間とはいったい何なのでしょうか?私は「一緒に苦しんだ仲間は永遠の仲間」と思います。そう、一緒に苦しんだ仲間は、永遠の仲間なのです。そのことは、以前利用者として在籍し、今もスタッフとして働かせてもらっているとある施設で学んだことです。その施設で、私はそのことを学びました。仲間がいることの大事さ。仲間がいてくれることのかけがえのなさ。私はそのことを学んだのです。人はひとりでも生きていけるかもしれません。けれども、より豊かに、より建設的に生きるためには、仲間はかけがえのない存在です。人は協力します。協力することで、一人ではできないことを成し遂げることができます。そんなときに得られる幸せは、一人で過ごすときの幸せよりも、きっときっと大きなものだと思うのです。仲間を大切に思うこと。仲間に恵まれる第一歩はそこだと思います。人生の勉強会で一緒に勉強しませんか?http://lifestudy.jp

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  • 09Sep
    • ケルティックウーマン「ユーレイズミーアップ」を聴く夜

      昨日、ある友人がトラブルを起こしたという知らせを聞きました。『過労』が原因と思われました。友人はあまりの仕事に忙殺されていました。その疲れで体調不良になっていることは前々から知っていましたが、いよいよ、それが結果になって現れてしまいました。トラブルについて詳細を語ることは控えますが、幸いにしてトラブルは無事に解決しました。いかに「過労」というものは人を蝕むものなのかということを改めて考えたのです。昨日は私も仕事に打ち込んでいました。仕事に熱く熱く打ち込んでいたのです。そんなときに友人のトラブルを聞き、「過労」の恐ろしさを思ったのです。その夜は深々とケルティックウーマンの「You Raise Me Up」を聞きました。どうしてその選曲になったのか分かりませんが、私の心がそれを求めたのです。深々とケルティックウーマンを聞き、人の世のはかなさを想ったのです。つらく苦しい夜。歌は心の支えです。人生の勉強会に来ませんか?http://lifestudy.jp

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  • 08Sep
    • やっちさんは「リーダーシップ」をどう考えますか?

      望ましいリーダー像を考えたときに思い出すのは、このシーンです。第二次世界大戦のアメリカ軍とドイツ軍の戦いを描いたドラマシリーズ「バンドオブブラザーズ」の一コマ。主人公の歩兵部隊長ウィンダースは、途中、ドイツ軍の機関銃陣地と遭遇します。ウィンダースは単身偵察すると、状況を的確に読み取り、部下たちに伝え、誘導します。そして、ドイツ軍に最接近したところで、部下ひとりひとりに指示を与え、攻撃態勢を完成させます。そして射撃を開始するのです。部下ひとりひとりに指示を与えるシーンは5:23あたりからスタートしますが、私はこの場面が好きです。ウィンダース隊長の頭の中に、部下全員が何をすべきか、ひとりひとりがそれぞれ何をすべきか明確に描かれているということも理想的と思いますが、指示を与えられたひとりひとりは安心したと思うのです。自分がいったい何をすべきか明確であるということ。自分はきちんと隊長の頭の中で把握されているということ。それらは大変な安心となり自信となり、部下の兵士ひとりひとりの士気と団結は特に高まったと思うのです。私はこのシーンを見るとき、ウィンダース隊長になりきって私もまた部下に指示を出します。同時に、兵士のひとりになりきって、ウィンダース隊長から指示を受けて、その自分の使命を胸に敵を狙います。そして、心が一つになって、攻撃に移るのです。リーダーシップとは、ひとりひとりの役割(それは使命でもあります)を明確にして与えるということでもあります。役割とは、ただ仕事の内容だけではありません。その仕事を成し遂げる意味を与えることでもあります。なぜその仕事が必要なのか。なぜその仕事をしなければならないのか。その仕事を成し遂げた結果としてどのような使命が達成されるのか。それらをすべて明確にして与えるということです。仕事の意味を理解したとき、メンバーは自分の使命に気が付きます。そして、気持ちはひとつになっていくのです。リーダーシップそして望ましいリーダー像を語れば、たくさんのポイントが浮かび上がるのですが、ひとつの要素として、仕事の意味を理解し、仕事の意味を与えるということがあると思います。仕事の意味が使命になります。使命を理解した人間は強いです。最近の私は職場でリーダーシップを発揮することを求められる場面が出てきて、リーダーシップをあらためて考えたくて、この動画を繰り返し見ていました。バンドオブブラザーズを繰り返し見ながら、自分にとってのリーダーとは何かということを考えていたのです。人によってリーダーとはいろいろな像があると思いますが、私にとって、一つの像は、バンドオブブラザーズに出てくるウィンダースです。人生の勉強会を訪ねてきてください。http://lifestudy.jp

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  • 04Sep
    • 「愛」とは何ですか? やっちさんが考える「愛」を教えてください

      今日は「愛」について語ります。「愛」は人間を語る上でもっとも重要なテーマだと理解しています。たくさんの重要なテーマがありますが、その中でも特に一番重要なのが「愛」だと思います。では、「愛」とはいったい何なのでしょうか?結論から言えば、「愛とは、欠点を愛すること」欠点を愛したとき、本当に愛したと言えると私は思います。遠藤周作の小説『沈黙』にこのような文章が出てきます。「魅力のあるもの、美しいものに心ひかれるなら、それは誰だってできることだった。そんなものは愛ではなかった。色あせて、襤褸のようになった人間と人生を棄てぬことが愛だった。」私はこの文章を読んだとき、まさにそのとおりと思ったのです。長所や美点を愛することは誰だってできます。けれども、欠点や短所を愛することはとても難しい。「この人のこの点がなければよかったのに」と思うことは誰だってあると思いますが、それでは本当に愛したとは言えないのです。なければいいのにと思ったその点を愛してこそ、愛は完成するのです。見方を変えれば、愛は狂気でもあります。欠点を愛するなんて、他人から見れば狂気もはなはだしいでしょう。どんな変態なんだ?と思われるかもしれません。そう、愛は狂気と紙一重でもあります。他人から理解されることもまた難しい。そこにこそ、愛の本質の一側面があるように思います。誰かを愛するということ。例えば誰かを愛して夫婦になるということ。そのときに、その人の欠点を愛せるでしょうか?長所だけでなくて、短所も見ているでしょうか。そしてその短所を受け容れられるでしょうか?人はいろいろな側面があります。「なぜ?」と思うような側面もあります。そのおかしな点を愛することができるでしょうか。もしそれができたとすれば、その結婚はうまくいくと思います。生涯、一緒に生きていくことができるでしょう。他人から理解されなくても、他人から弾かれても、それでも一緒に生きていく。その人と、あるいはそのアイテムと、あるいはその信念と、ともに生きていく。自分自身と一緒に生きていく。そこに愛はあるように思います。あなたは欠点を愛することができますか?どんなにつらく苦しくても、それを想い続けることができますか?人生の勉強会を訪ねてきてください。http://lifestudy.jp

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  • 02Sep
    • やっちさんは「生きる意味」をどう考えますか?

      さて、皆さんは「生きる意味」をどう考えますか?おそらく、この問いについてもっとも考えるのは若者ではないかと思います。私も、若き日、このことについて考えたものでした。おそらく、日本の多くの地域では、今日が夏休み最終日ではないかと想像します。子どもたちの自殺がもっとも増える日でもある「夏休み最終日」。そんな日に、「生きる意味」について考えたいと思います。結論から言えば、生きる意味なんてなくていいんです!生きたいから生きる。ただ生きる。それでいいんです。生きる意味を問うということは、世間一般的には「馬鹿らしい」と考えられるようで、おそらく「生きる意味」を他人に問えば、あまり良い反応は返ってこないと想像されます。究極的には、生きる意味に回答を与えるのは宗教しかないように思われます。現代科学は「意味」について回答をしません。なぜ私たちが存在するのか、その意味や理由について科学は回答をしないのです。ただある、そこにある、それを前提として考えるのが科学であり、なぜあるのか、どうしてあるのか、を考えるのは、現代の人類では、宗教しかないように思われます。もし宗教的な考え方を抜きにして、あえて科学的に考えるとすれば、生きる意味について回答を与えるのはとても難しい。一方で、私たちは「生きたい」と願います。私はそれでいいんだと思うのです。やっぱり、生きたい。人生は苦しみに満ちています。生きる意味も分からない。でも、やっぱり生きたい。生きて生きて生きまくりたい。それが人間というものです。であるならば、生きたいから生きるでいいんだと思うのです。仮に生きることに意味がないとして、それは生きることを否定することにはならないと考えます。いいじゃないですか、意味なんかなくて。いいじゃないですか、理由なんかなくて。ただ生きたい。その自分の欲求に素直になる。それだけでいいじゃないですか。それが生きる意味ということでいいじゃないですか。今日は夏休み最終日。明日から学校です。学校は牢獄かもしれません。辛く苦しく、それに耐える意味なんて分からないかもしれません。それでも私たちが生きる意味とは?今日を生きる。ただ生きる。苦しみに耐える人間の姿こそ、もっとも高貴で美しい姿です。ただ生きる。その先に、遠い先に、いつか幸せは訪れるでしょう。人生に苦しむ大人たちに。一緒に人生を考えてみませんか?http://lifestudy.jp

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  • 01Sep
    • 暑い日が続きますね

      今日から9月ですが、暑い日が続きますね。それでも、秋田はだいぶ涼しくなって、過ごしやすい朝を迎えています。関東圏など南の地域では、まだまだ暑くて一日中エアコンをつけているような状況なのだろうと思います。今年の夏は特に暑い夏でした。おつかれさまです。お盆を過ぎたあたりから、サンマが売られるようになって、スーパーでは一足早く秋モードです。「秋の味覚」というシールが貼られた食べ物が並んでいたりして、お盆を過ぎると商売はもう秋なんだなあと感慨深く思いました。ファッションも季節が巡って、そろそろコートやロングブーツが店頭に並ぶ頃でしょうか。私の勤め先の系列でリサイクルショップがあるのですが、そろそろ秋物を出さないと、なんて話をしていました。あっという間に夏も過ぎて、もう秋、そして冬がやってきますね。まだまだ暑い日々ではありますが、あっというまに季節は巡っていくでしょうね。一緒に人生を勉強しませんか?http://lifestudy.jp

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  • 29Aug
    • やっちさんは「苦しみ」をどう思いますか?

      私はこのブログでよく「苦しみ」という言葉を使いますが、さて、苦しみとは何でしょうか?私たちにとって苦しみとはいったい何なのでしょうか。人生とは苦しみです。私はそう思います。結論から言えば、人生は苦しみなのです。もちろん、人生は苦しみなんかじゃない、人生はすべてが喜びであり楽しみであり、苦しみなどこれっぽっちもない、苦しみなんて思うのはお前の被害妄想だ、という意見もあると思います。それはまったく否定しません。そのような考え方もあるだろうと思います。もし、あなたがそのような人生であるとするならば、これはとても喜ばしいことです。ぜひ、そんな輝かしい人生をこれからも歩んでもらえたらと思います。「人生の勉強会」が対象とするのは、そのような方々ではありません。人生の勉強会で対象とするのは、人生とは苦しみであると言ったときに、「うん、そうだよ、そのとおりだよ」と言うしかない人生を歩んでいる方々なのです。釈迦は四苦と言いました。生老病死の四つの苦しみがあると言ったわけですが、「生」をすでに苦と表現したところは、釈迦のすばらしい点だと思います。人間が生まれるということ、それ自体が苦しみであると釈迦は看破したわけですが、釈迦が紀元前3世紀の人だとして、2000年以上経っても、人間の本質は変わっていないということになります。私はそうだと思います。人生は苦しみです。辛く悲しく、痛く切なく、失うことが多く、実ることもない。それが人生なのです。けれども、そうであればこそ、人間は成長します。そのような苦しみの中で、人間は成長します。その成長にこそ、喜びがあります。一皮むけた自分に出会ったとき、人は幸せを感じることができます。そこに、人間が人間として生きる喜び、すなわち「幸せ」があるように思います。人生は苦しみでいいのです。苦しみの中でもがく人間という存在。その中で、成長し、自分の存在を磨いていく存在。そこに人間の尊厳があります。苦しみの中に生きる人間の姿は尊いのです。人生の勉強会で一緒に勉強しませんか?http://lifestudy.jp

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  • 28Aug
    • ロッキーの心で出勤する

      今日の私はロッキーでした。ロッキーの気持ちで仕事に出勤したのです。ロッキーは、映画「ロッキー」の主人公です。シルベスター・スタローンが演じるボクサーです。特に印象深いのは、映画「ロッキー4」で、主人公ロッキーが相手ボクサーと戦うためにロシアの大地へ降り立つシーンです。はりつけた動画は、ロッキーがロシアの大地へ降り立つシーンを描いたものです。私はいつも、ロシアの大地へ降り立つロッキーになるのです。ロッキーの友人のボクサーは、試合の中で、ロシアのボクサーにKO負けし、そのまま息を引き取ってしまいます。復讐を誓うロッキー。そして、ロッキーは、そのロシアボクサーを倒すために、ロシアの大地へ降り立つのです。若き日、新採の頃、私はいつもロッキーの心境で出勤していました。通勤のバスから降り立つとき、いつも私はロッキーになっていました。それからおよそ15年。久々に私はロッキーの心境で今日、出勤しました。当時の若き日の心境になって出勤し、とても感慨深いものがありました。私のハートはまだまだ燃えていたのです。あのときと同じように、私の心は燃えていたのです。今日は一日、ロッキーの心境で仕事を成し遂げました。そして帰ってきました。ロッキーはロシアの大地で厳しいトレーニングを積みますが、私の仕事とは、まさにそのようなものです。仕事を通して、私は鍛えられます。仕事が激しく厳しくなればなるほど、私は鍛えられるのです。今晩はとてもよい気分です。充実感があります。明日もがんばります。人生の勉強会にお越しください。http://lifestudy.jp

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  • 27Aug
    • やっちさんは不登校をどう思いますか?

      今日、秋田の小中学校では夏休み明けの初登校が一斉に行われました。朝に出勤しようとしたとき、小学生の長い列が道路に続いていて、「ああ、夏休みが終わったんだ」と思いました。南の地域では、夏休みが明けるのは今年は9月3日でしょうか。夏休みの終わりが近づくと、もっとも騒がれるのは、子どもたちの自殺の問題です。そう、子どもたちの自殺が一番増えるのは、夏休みの最終日なのです。もし、死にたいくらいに学校に行きたくなければ、学校に行かなくていいと思います。不登校でいいのです。行きたくないところに行く必要はないのです。いいのです、学校に行かなくていいのです。不登校を生む責任は、大人たちにあります。行きたくないと思うような学校を作った大人たちに責任があります。子どもたちが自分自身を責める必要はありません。不登校でいいじゃないですか。無理に行こうとして行けなくて、死ぬくらいだったら、不登校で生きようじゃないですか。生きて生きて生きまくろうじゃないですか。自宅に籠ってひきこもりでいいじゃないですか。誰に何と言われようと、我が道を貫いていいじゃないですか。その上で、学校に問題があるとすれば、その問題を改善してもらうように大人たちに言いましょう。再び学校に通いたいと願うのであれば、大人たちにそうしてもらえるように言いましょう。それでも改善できる道がないとすれば、自宅で自分で勉強してもいいじゃないですか。自分の道は自分で決める。自分が必要と思う勉強を自宅でするというのも、おおいにありな一つの生き方だと私は思います。以前、とある図書館の職員の方が、「学校に行きたくないなら図書館に来てください」とメッセージを発信したことがありました。とても素晴らしい行動だったと思います。勇気ある行動です。一人でさまよって危険な目に遭うのを避けるために、図書館のような安全な場所に籠るというのも、一つの道だと思います。一人でも多くの子どもたちが満ち満ちて秋を迎えられることを祈ります。人生に悩む大人たちへ。一緒に人生を勉強しませんか?http://lifestudy.jp

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  • 26Aug
    • やっちさんが考える『幸せ』って何ですか?

      『幸せ』とはいったい何なのでしょうか?今日は『幸せ』について考えてみたいと思います。人間であれば誰もが追い求める『幸せ』というもの。幸せになりたくないなんて人はいないはず。誰でも幸せになりたい。人生の究極的な目標といってもいい『幸せ』というものですが、では、いったいそれはどういうものなのでしょうか?私(やっち)が考える幸せとは、『困難を乗り越える力』だと考えています。一般的に幸せとは「困難がないこと」と考えられているかもしれません。しかし、人生とは苦しみに満ちているものでもあります。困難がない人生など考えられません。重要なのは、困難を乗り越えることだと思います。迫りくる人生の危機。苦しみ、悲しみ、辛さ、憎しみ。そういったものを乗り越えて成長していく。そこに人間の幸せはあると思うのです。先日、私の母はふくろうの柄の箸を私に買ってくれました。「苦労がないように(不苦労)」という願いを込めたそうですが、私は、「苦労はあっていい。そこを乗り越えて成長していくことが大事だ」と言いました。母は「おおそうか」と驚いた様子でした。もちろん、そんな母の気持ちをありがたく感謝して受け取りました。確かに子の幸せを親は願い、人生の道すがらに困難がないことを願うかもしれません。しかし、「困難がないこと」すなわち「幸せ」とは考えられません。困難を乗り越えていくこと、困難を乗り越える過程で成長し強くなっていくこと。そして乗り越えたときの達成感。成長した自分自身の実感。そこに「幸せ」はあるように思います。夫婦の幸せもまた同じで、人生の苦しみを二人で協力して乗り越えていくところに、夫婦の幸せはあるように思います。人生は困難に満ちています。一人では乗り越えられないことも、二人でなら乗り越えられるかもしれません。そこに夫婦の絆があるでしょう。そんな苦労を乗り越えた後に、幸せは感じられるものではないでしょうか。「幸せ」とは何かという問い自体が、青臭くアホらしいものかもしれません。けれども、人生を考える出発点はここにあると思います。ゴールを見据え、ゴールを目指して走るのが物事だとするならば、人生のゴールはまさに「幸せ」にあるでしょう。であるならば、幸せとは何かということは避けては通れないのです。人生について一緒に勉強しませんか?人生の勉強会でお待ちしています。http://lifestudy.jp

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  • 22Aug
    • 困難にあっても生きる人間の姿は美しい

      困難にあっても、生きる人間の姿は美しいと思います。私は仕事の都合上、障がい者の方と接する機会がありますが、それでも人生の困難に挑戦する姿をいつも拝見し、それだけでも、困難に挑む人間の姿は美しいと思うのです。ヒトラー時代のナチス・ドイツでは、障がい者の人は殺されていたのが実情です。障がい者の人は生きるに値しない命などと言われていたとても怖い時代があったのです。そんな流れは戦後日本にも続き、障がい者の不妊手術などが行われました。とても恐ろしいことです。困難において、それでも生きる。そんな姿は勇気をもらいます。自分もがんばって生きていこう、そんな気持ちを確認することができます。たとえ十分に働くことができなくても、ただ生きることしかできなくても、それでも一生懸命に生きる。困難に文句を言わず、困難に負けずに、困難を受容して、ただひたすらに生きる。それだけでいいのです。それだけで、私たちは勇気を得られるように思うのです。誰であっても、どんな困難にある人であっても、生きることができる。そんな世の中であってほしい、そんな余裕のある世の中であってほしいと思います。障がい者はひとつの例ですが、私たちはいろいろな困難に直面します。私たちはいろいろなハンデを負ったり、落差を経験することがあります。恵まれていない環境であったり、不運な環境に落ちたりします。それでもめげない。それでも負けない。ただ生きる。それでも、生きる。そこに、感動があり、私たちは励まされ、勇気を持って、生きていくことができるように思います。困難にあっても生きる人間の姿は美しい。人生に迷ったら、人生の勉強会にお越しください。http://lifestudy.jp

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  • 21Aug
    • 金足農おつかれさまでした!

      今日は高校野球決勝戦。金足農VS大阪桐蔭の大一番でした。私の職場では、仕事上の都合から決勝戦の模様を見ることができました。みんなで手に汗握る思いで、試合を熱く見ました。結果は13-2という完敗でした。5回に大量の失点を受けたときは、もう見ていられなくて、私は仕事に戻っていました。そして、結果は大敗北を喫したのです。でも、いいのです。夢を見ました。夢を見させていただきました。すばらしい夢でした。それだけでも、とてもうれしくありがたいことです。秋田県って、こういうことを言うとアレかもしれませんが、いいニュースがなかなかないのが現実です。そんなときに金足農の決勝進出という快進撃。これは本当に秋田県民としてとてもうれしく、誇りに思う一番でした。優勝はできませんでしたが、もうこれで十分。金足農の選手たち、本当におつかれさまでした。金足農の試合中は、職場外の道路が閑散としていて、みんなでそんな道路の閑散ぶりを笑いながら、試合に熱中しました。秋田県民が一丸となって、金足農を応援していました。秋田県民が心を一つにして、金足農を応援する。美しい出来事でした。秋田県民として誇りに思います。今まで高校野球はそこまで入れ込んで見たことはないのですが、今回は熱く熱く見ました。スポーツの良さを改めて理解しました。金足農、ありがとう。おつかれさま。ゆっくり休んでくださいね。人生もまた、夢を見ることが一番大事ですね。人生に迷ったら、人生の勉強会を訪ねてきてください。http://lifestudy.jp

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  • 19Aug
    • 「自分の生きる道」を再発見するということ

      今日は思索にふけるために田沢湖に行きました。田沢湖の森の中を散策しながら、森の空気を吸い、深呼吸を繰り返し、思索にふけりました。思索のテーマは、人生に迷ったとき、困難な人生に押しつぶされそうになったとき、私たちはどうしたらよいのか、という以前からの私の問題意識の核心でもありました。いつも何度も考えることではあるのですが、最終的には、「自分の生きる道を再発見する」という答えに行き着きます。そして、それはどういうことなのか、ということを繰り返し考えるのです。自分の生きる道を再発見する。それが私の提唱する「人生に迷い、悩むときの突破口」です。自分の生きる道というのは、すでに自分の中にあると考えています。ただ、それが見えなくなっているだけなのです。自分の道が見えないから、人生に迷い、悩み苦しむ。その自分の道を再び見つけ出すこと、そして、その再び見つけ出した道を歩き出すこと。それによって、人生の迷いは脱却でき、人生の困難に負けない新しい姿で歩み出すことができると考えています。いつの時代も「自分探し」はテーマになると思います。自分はつねに存在する。目の前に、心の中の中心に存在する。探すというよりは、再確認する作業なのだと思います。ああ、ここに自分がいた、自分とはこれなんだ、と再び確認する作業でもあると思います。自分の生きる道が明確である人は困難に負けません。そして、自分の生きる道が明確である人は人に好かれます。人に好かれると、仕事が舞い込みます。そして、生活は安定するのです。人生を生き抜くとは、自分の生きる道を確認し、それを歩んでいく過程でもあると思うのです。生きる道を確認するとはどういうことなのか。生きる道が分からないとき、それを再発見するとはどういうことなのか。どうすればよいのか。それは自分自身に問いかける旅となります。自分ひとりで考えていては答えは堂々巡りになって出ないでしょう。誰かにも協力してもらって、地図を作るように、自分自身のあちこちを座標化して描いていく過程になるでしょう。そんな作業を「人生の勉強会」でやりたいと考えています。そんなことをあらためて考え、確認した田沢湖湖畔の思索の散歩旅でした。人生の勉強会にお越しください。http://lifestudy.jp

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  • 18Aug
    • 金足農勝利!

      今しがた、甲子園の高校野球で、秋田の金足農業高校が勝利しました。ベスト8からベスト4へと進出することとなります。今、このブログを執筆していたところでしたが、窓を開けた外からなにやら騒がしい声が。どうも高校野球を応援している声のようで、近所のあちこちで高校野球のテレビを見ているようで、近所の人たちの歓声が聞こえてくるのです。そういえば今は金足農の試合だと思い出した私は、テレビを付けました。そうしたら、9回裏で金足農が2-1で負けているではありませんか!なんというタイミング。そうこうしているうちに満塁となりました。どうなることかとハラハラして見ていると、金足農がバンドを決めて出塁し、走者2人が帰ってきて2-3の逆転サヨナラ勝ちとなりました。金足農が勝利する瞬間を見て、私は胸がたぎる思いがしたのです。久々にすばらしい勝利を見ました。美しいです。近所のあちこちで歓声が上がりました。秋田県民が一体となって金足農を応援している姿は感動的でした。秋田県というとなかなか明るい話題がないのが現実的なところかもしれません。そんなときに、金足農が勝利してベスト4に進出したことは、久々の明るい話題のように思われます。秋田県民としてとてもうれしく思います。人生に悩んだら、人生の勉強会を訪ねてきてください。お悩みをお聞きします。http://lifestudy.jp

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    • 誰かのためにお金を使う

      今日は土曜日ということで、家族を連れて湯沢市稲庭地区に行きました。目的は本場のいなにわうどんを食べることで、ごちそうするからと誘い、佐藤養助総本店まで行き、両親と叔母と4人でいなにわうどんを食べました。大変おいしく、家族全員も大満足した小旅行となりました。誰かのためにお金を使うことこそ、真に自分のためにお金を使うことになるように考えています。自分のためにお金を使う。もちろんそれで全然よいのですが、単に自分を豊かにするためにお金を使っても、究極的には豊かにならないように思われるのです。誰かのためにお金を使うことで、友好の輪が太く強くなり、絆が強くなるように思われます。それは、究極的には自分を豊かにすると思うのです。単なるギブアンドテイクではないにしても、気持ちを渡す、気持ちを受け取るということは、人間関係を豊かにする上でとても大事なことだと思います。誰かのためにお金を使うことは、実はとても難しいことです。普通、誰だって、突然ものをもらったり、おごられたりしたら、気味が悪いでしょう。下心があると警戒もするでしょう。そんなものいらないという話もあるでしょう。相手に喜ばれる何かをすることは難しいことです。でも、そうであるからこそ、相手のために真剣に考えること、相手のことを真剣に考えて何かを選んだり、もてなしたり、そんなふうにお金を使うことは、自分を豊かにするように思います。もちろん相手も豊かにするでしょう。人生に悩んだら、人生の勉強会を訪ねてきてください。http://lifestudy.jp

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    • 『職場の教養』を朝礼で読む

      私の平日の職場では、朝礼時に『職場の教養』という冊子をみんなで朗読する習慣があります。『職場の教養』は、いわゆる道徳の教科書みたいな感じで、ちょっといい話みたいなものがずっと載っています。その記事の中には古くさいような考えも書かれてはいるのですが、確かにそうだねと思う話も載っていて、私は全般的に好きな感じです。それで、インターネットで検索してみたのですが、検索してみると、まあまあ、悪評が高い!!(笑)「宗教的」とか「社畜を作る洗脳」とか言われていて、一昔前の封建主義的な、自己犠牲を賛美しているというような、そんな悪評があれこれと並んでいて、私は苦笑したのです。倫理や道徳というものも、一歩間違えればたんなる洗脳と思われるのかあと、私は複雑な想いにとらわれました。「正しい行い」というものは、最終的には自分で決めるものだと思います。何が正しくて何が正しくないのか、何が善で何が悪なのかというのは、最終的には自分で判断することでしょう。それは誰かから強制されるものではありません。そこで、職場の朝礼で朗読したり感想を言ったりするということが、あたかも強制されて洗脳されているように感じられるのが世の中の一般的な感じられ方なのかもしれません。自分の身は最終的には自分で守らねばならないように、所属する会社もまた、自分で判断しなければならないでしょう。こんな会社に所属していては自分の生活は守れないと思われたときは、さっさと辞めるべきかもしれません。それを踏まえた上で、倫理や道徳というものを考えてみるというのも、悪くないのではないかと思います。他人がどのようなことを「正しい」「善い」と思っているのか、そんなことに想いをはせてみるのも、自分の感性を高める上でよいことだと思うのです。その上で、自分にとって適切ではないと思われたら、距離を取りながら接することもまた必要であるし、よいことだと思います。職場のことで悩むことがあったら、人生の勉強会を訪ねてきてください。お悩みをお聞かせください。http://lifestudy.jp

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  • 15Aug
    • 終戦の玉音放送を聴く

      今日は終戦記念日です。73年前の今日正午、昭和天皇の終戦を告げる玉音放送が流れ、戦争は終わりました。今の文明の力はすごいもので、YouTubeで当時の玉音放送を聴くことができます。ぜひ、動画で玉音放送を聴いてみてください。私が注目するのは、4:43頃の「五内爲ニ裂ク」という昭和天皇のお言葉です。全体的に棒読みのような感情が抑えられた調子でお言葉が続きますが、この瞬間に昭和天皇の感情が漏れ出ます。この時の昭和天皇の声が特に感情がこもっていて、昭和天皇は本当に「五内爲ニ裂ク」(体内が引き裂かれる思いである)という気持ちだったんだろうと想像します。昭和天皇自身も戦争の国民の苦しみに悩んでいたのだと私はこの言葉の昭和天皇の語り口から思います。自分の名前を唱えて死んでいった国民たち。昭和天皇のその苦しい胸中を私はこの「五内爲ニ裂ク」から感じます。今日は終戦記念日であり、この投稿をするために動画を探したとき、私は不覚にも、とあるバラエティ番組の動画に目を取られ、その動画を見て大笑いしました。飼い犬が帰ってきたときに飼い主が別の立派なかわいい犬をかわいがっていたら、飼い犬はどんな反応をするだろうか、という冷静に考えるとかわいそうな企画ではあるのですが、本当に不覚にも、そんな動画を見て、大笑いしてしまいました。そんな自分を省みて、現代の平和のありがたさを思います。平和はすべての幸福の大前提です。そんなしょうもないような動画で大笑いできる、今の自分の状況を大変ありがたく思います。平和になった現代日本社会ですが、生きる私たちは苦しみに満ちています。今苦しんでいる人にしてみれば、バラエティ番組を見ても笑うことはできないでしょうし、遠い73年前に想いを馳せて平和のありがたさを考えることもできないと思います。そんなときに平和がありがたいと言われてもピンとはこないと思いますが、それでもなお、私は平和であることの大事さを語りたいと思います。もうすぐ正午ですが、私は黙祷して祈りたいと思います。人生に苦しんだとき、人生の勉強会を訪ねてきてください。お悩みをお聞きします。http://lifestudy.jp

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  • 14Aug
    • 幸せを感じるひととき

      いよいよ終戦記念日が明日となりました。8月14日の今日、みなさんはいかがおすごしでしょうか?今日の私は県南へと旅をしました。昨日が県北だったので、今日は県南です。秋田県羽後町の道の駅に行くことを目標に車を走らせました。道の駅は私の注目スポットです。なぜなら、その町や村、地域の特産品や名物が分かり、その地域がもっとも力を入れていることが見えてくるからです。一種のテーマパークのような、そんな雰囲気すらある道の駅。その地域の特色が見える、そんな道の駅に私は注目します。そして、今日は羽後町の道の駅、そして、由利本荘市の東由利の道の駅と伝って走る旅をしました。写真は、羽後町の道の駅で食べたそばと焼肉丼です。これがほんとうにうまかった。久々においしいものを食べました。これはほんとうにおいしかったです。羽後町はそばが特産品で「ひやがけ」という冷たい汁をかけたそばが有名らしいのですが、とてもおいしかったです。焼肉丼は羽後牛という特産の牛肉を使ったミニどんぶりで、こちらもおいしく、私は大満足したのです。そんなふうにおいしいものを食べながら、私は幸せを感じていました。幸せとはいったい何なのでしょうか?私はこういう一瞬こそが幸せだと思うのです。とてもささいなことですが、そんなところにこそ幸せはあります。今日は終戦記念日の前日です。73年前の今日、土崎空襲がありました。ちょうど今の今、秋田県秋田市の土崎地区は爆撃を受けていました。それから73年。平和の大事さを思うのです。平和はすべての幸福の基礎であり大前提です。今日、おいしくそばと焼肉丼を食べた私ですが、こんなふうにおいしく食べられるようになるまで、長い時間がかかりました。食事すらのどを通らないような、食べても味もなく鉛を食べているようにしか思えないような、そんな日々もありました。灰色に思われた人生。灰色に見えた風景。今はもうそんなことはありません。生き生きと彩りを放つ風景を感じることができます。そう、人生は変わるのです。人生を切り拓くことはできるのです。幸せに至ることはできるのです。明日の終戦記念日、遠い日の戦争に想いを馳せてみてはいかがでしょうか。人生に悩んだら、人生の勉強会にご相談に来てください。http://lifestudy.jp

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