新版の変更点・追加部分です。いつものことながら、大体のあらすじと意訳です。

しかし、少し冷静になると、謝憐は込み上げる怒りを抑えました。どうやら白衣の奇妙な人は、彼を殺したいわけではなく、ただ法力を削ぎたいだけのようです。

 

よく考えると、たとえ無理して離れたとしても、安全に帰れるとは限らないのです。もしその人がその点まで考えていたなら、途中で数名の女性を送り込んできたら、状況はさらに悪化します。

 

少し天秤にかけて考えて、謝憐は熱い息を吐き、目を閉じて言いました。「向こうに連れて行ってくれ」

 

少年兵士は言われた通りに、彼を洞窟の前まで支えて歩きます。

謝憐は低い声で言います。「止まって。君の剣は?」

 

少年は左手で彼を支え、右手を離して剣を持ち上げました。

謝憐は手を伸ばして袖をまくり、腕を半分ほど出しましたが、それは月明かりの下で、まるで羊脂玉(白く透明感がある玉)のようでした。

 

少年は息を呑みます。

 

謝憐が「刺してくれ」と言うと、少年の剣を上げた手が垂れ下がります。

 

「怖がらなくていい、ただ刺せばいい、深めに。陣を張りたいんだ。今は他に法宝がないから、血を使うしかないんだ」

 

少年兵士は、「殿下!俺の血を使ってください!」と、言い終わるや否や、自分の腕を上げて、すぐさま剣で刺します。

 

謝憐は「いや!君の血では....」と言いましたが、間に合わず、少年の腕には深く長い傷口が現れ、鮮血が流れ出しました。全く手加減のない切り方だったのです。

 

謝憐はため息をつきます。「はぁ....君は.....いやもういい」

 

彼の血は神の血なので、加護を授けられるこの上ない宝なのですが、凡人の血はそれに比べようもないのです。しかし、少年の誠意を見て、謝憐はそれが無駄だったと言うのが忍びなくて、「ありがとう。でも、少しは私の血も必要なんだ」と返しました。

 

言い終わると、剣を手に取り、両手が震える中で何回も切りつけて、ようやく切ることができ、腕の真ん中から赤い血が白い腕を伝って流れ、洞窟前に滴って、障壁を作りました。

 

謝憐はわざと少年の血も少し混ぜて、それが終わると目眩がより一層ひどくなり、「入ろう...」と言います。

 

洞窟の中は暗くて、少年は懐から火起こしを出して火を付けると、謝憐のこの時の姿は全てさらけ出されて顕になりました。

 

髪が乱れて、目は虚ろで、冷たい汗が滴っていて、唇も腫れていたのです。

 

唇の端には血がついていて、先ほど剣に加護を授けるために自分で噛み切った時にできた傷です。

 

火の光が眩しくて目が痛くなり、焼けるような熱で全身耐え難く、今の自分の姿はきっと酷いと思い至り、即座に低い声で「付けるな!消してくれ!」と言います。

 

少年はすぐに火起こしを捨てて踏み消すと、四方はまた暗闇になりました。

 

謝憐は瞑想の姿勢で地面に座り、ゆっくり話し始めます。

「君に任務を与えたいんだけど、できるか?」

 

少年は半分跪き、答えます。「死んでもやり遂げます!」

 

謝憐はなんとか平静を装って言います。

「この洞窟の前に障壁を作った。外のものは入れないし、中のものは出られない」

 

声を出さずに息を吸い、続けます。

「でも、この障壁は君には無効だ。君は好きに行き来できる。君には洞窟の入口を守ってほしい。でも私が中でどうなっても、絶対に入ってはいけない」

 

少年は唖然とします。「殿下、一人で中にいるのですか?」

「そうだ。何があっても中に入るな!」

 

本当のところ、自分でも何をしでかすのかわかりません。そのため、先に自分が出られないようにした上で、温柔郷を消す方法を模索するしかないのです。

 

力なく言いました。「花の妖怪の魅惑の力は強く、もうすぐ成熟するんだ....」

 

この時、空気中の香りが一気に増し、いかがわしい香りは天地を埋め尽くすほどで、謝憐の言葉を遮ります。

 

花の妖怪達は、嬉しそうな笑い声を立てます。「私の根が!根が固まったわ!」「実が熟したわ!」

 

この馥郁たる香りを嗅ぐと、謝憐は動悸が激しくなり、血が頭に上って、歯を食いしばりながら言います。

 

「早く出ろ!絶対に香りを吸い込むな。奴らが近づいてきても怖がる必要はない。ただ、血の線を踏んでいれば、外のものも中のものも君に近づくことはできない。剣で奴らを斬っても大丈夫だ」

 

少年は力強く頷き、剣を持って出ていき、血の線を踏みました。

 

洞窟の外には、地面いっぱいの血の中で、花が群れて咲く姿はとても美しいものでした。そして一面の花は小刻みに全て動いていて、まるで今にも根が土から出ようとしているかのようでした。

 

しばらくして、土から出てきたのは、女性の頭でした!

 

その「女性」の頭は土から生えてきて、土の上の新鮮な空気を吸うと、陶酔し、目を細めました。

 

次に出てきたのは、丸い肩で、そのまま腕も出てきました。

 

温柔郷の実は、根っこの下にあるのです。

 

そしてその成熟した果実は、いろんな姿の女性でした。

 

もう成熟の時期になり、無数の赤裸々な女性達が土から出てきて、手を上げて頭の鮮やかな花を摘むと、月光浴しているかのようで、手足を気持ちよさそうに伸ばしました。

 

彼女達は、豊満な体についた泥をはたき、妖艶な香りを纏いながら、長い髪を整えて、洞窟に向かって歩き、甘い声で笑いながら言います。

 

「太子殿下、私たち来たわよ!」

 

洞窟内には、息が詰まるほどの香りが漂っていました。謝憐は目を閉じて座り、道徳経を唱えました。

 

花の妖怪達はなんの羞恥心もなく、無数の甘い声が洞窟の外で響いて彼の心を惑わすので、彼はお経を暗唱から声を出して唱えるようにしました。

 

いつもはすらすら唱えられる道徳経の順序を、この時はめちゃくちゃに読んでいたことにも気が付きません。

 

外の女妖怪達は、手を叩きながら言います。「殿下、お坊さんじゃないんだから、どうしてお経なんて唱えてるの!......きゃあっ!」

 

悲鳴が鳴り響きます。少年兵士は何も言いませんでしたが、手元は思い切りが良く斬りつけ、女妖怪達は逃げ惑いました。「妖怪殺しだわ!」

 

ある者は遠くから罵ります。「この小鬼めが!すぐに花を台無しにする小さい怪物めが!少しも女性を大事にする気持ちを持ち合わせてないのね!」

 

「怖いわ、怖いわ!こんな小さな子が、こんなに恐ろしいことをするなんて!大きくなったら大変だわ!」

 

花の妖怪達は、飢えているようにこぞって洞窟の中に入ろうとしますが、どうしても入れず、しばらく話し合ってから、そう遠くないところに集まって言います。

 

「お兄さん、どうしてそんなところに立って、私たちが入れないようにしてるの?悪いことをするわけじゃないのに」

 

「小さい将軍さん、いい子だから、邪魔をしないで」

 

「この子は怖そうだけど力強いわね。でも残念だけど、幼すぎるから、まだ何も知らないはずよね!」

 

花の妖怪たちは嘲笑うように高々と笑う中で、謝憐が少し目を見開くと、洞窟の入口に漆黒の人影が映るのを見ました。

 

それは両手で剣を握っていて、死んでもその場を離れないかのように立っている少年の姿でした。

 

忽然、女の妖怪が言いました。「お兄さん、なんのためにそこに棒みたいにそこに突っ立ってるの?あなたはどんなのが好き?こんなのはどう?」「こんなのは?私、美しいでしょ?」「私を見て、これは好き?」

 

最初は嘲笑から始まり、次第に文句と変わり、そして最後に罵られるまで、少年の反応は始終同じでした。遠ければ無視し、近づけば斬ろうとしたのです。

 

謝憐は温柔郷が土から出る前、好きな形になれることを知って、声を出して注意を促そうとしたけれども、ある種の理由から口を開けなかったのです。

 

やっとのことで、熱波を耐え忍んでから、「あいつらを見るな...」と言います。

 

頭を突き抜けるような血の騒ぎを堪えるだけでも力が尽き、その声もとても軽く、低いものでしたが、少年兵士はそれを聞き逃さず、すぐに「殿下!ど...どうしたんですか?」と尋ねます。

 

謝憐がまだ答えないうちに一人の女妖が大笑いし、「分かったわ!坊や、君が好きなのは、きっとこんなのじゃない?」

 

その様子を見ると、きっと新しい温柔郷が土を出たのです。洞窟の外はしばらく死んだように静まりかえりました。そして、少年士兵は、一瞬息を呑んだようでした。

 

次の瞬間、女妖怪達は天地を埋め尽くすほどの笑い声を上げます。

 

彼女達は手を叩きながら甲高い声を上げます。

 

「まぁ!それはすごいわね!」

 

「どうやって思いついたの?ほんとすごいわね....はははは...見て!坊やが呆然としているわよ、きっと八割方そういうことなのね!」

 

「絶対間違い無いわよ!このガキは石だと思ったけど、そうじゃなかったのね。年は小さいのに、大胆だこと!」

 

「どう、坊や、早くこっちに来ないの?」

 

「これを逃したら二度とこんな機会は無いわよ。今来ないと、八百年経っても食べられないわよ!それとも、今もう....ふふふふ....」

 

少年兵士は完全に激昂し、冷たい声で言いました。

「お前ら、死、に、た、い、の、か!」

 

 

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名場面の前半ですね。

 

改変箇所としては、旧版では謝憐は障壁を二本作り、一本は外からの侵入を防ぐもの、もう一本は自分が出るのを防ぐもので、少年はその間の空間にいましたが、

 

新版では障壁が一本になっていて、その一本が両方の役割を果たしていて、少年が血の線を踏む描写になっています。

 

あとは、若干ですが、女妖怪の最後の会話「今来ないと、八百年妄想しても経っても食べられないわよ!それとも、今もう....ふふふ....」の箇所ですが、旧版では、「今だったら....ふふふ」だったのが、「それとも、今もう....ふふふ」に変わっています。

 

(「....」が嫌いです!気になるから、略さずにちゃんと最後まで喋って!最後まで書いて!ってなります。誰か「....」の箇所を補ってほしいです)

 

 

この最後の場面、女妖怪が最後に化けたのは間違いなく謝憐の姿だと思いますが、女妖怪が全裸の謝憐の姿に化けて少年兵士を誘惑する場面を想像すると、絵面が凄すぎます。

 

謝憐が自分の腕を切って血で陣を作る場面で少年の血を少し混ぜてましたが、なんだか「血を混ぜる」って、含みがあるような気がするのは気のせいでしょうか?なんか良いですよね。

 

そして、洞窟の場面が始まってから、少年が毒には侵されていないのに、謝憐よりも熱くなっていたり、謝憐の方に向かうのを躊躇ったり、謝憐の白い腕を見て息を呑んだり、少年なのでまだ性的なことは分からないかもしれませんが、なんとなく殿下に近づくことを躊躇っている姿が好きです照れ

 

この場面の少年兵士の心の声が聞きたいです。(誰か少年兵士の心の声を代弁して聞かせて下さいラブ

 

 

今ふと思ったのですが、今日紹介した場面では無いですが、もう少し後で、謝憐が「殺欲」を満たすために、剣で自分を切る場面がありますよね。

 

その時に、その剣は花の茎や女妖を斬ったものだから、温柔郷の汁がついていて、自分を切れば切るほど毒が回って辛くなる、みたいな描写がありましたよね。(p382)

 

ということは、前回紹介した場面で少年が茎を斬る場面があったので、その段階で剣は汚染されていると思うのですが、その汚染された剣で、今回の冒頭、少年は自分を切りつけてますよね。

 

そう考えると、包帯を巻いていて匂いを吸っていない少年にも、温柔郷の毒が回っても不思議ではないように思うのですが....。どうなんでしょう。

 

実は少年にも毒が回っていたから、少年も熱くなったのかな?

 

でも少年は謝憐みたいに力が抜けたり、目が虚になったりしてないし、多分深読みですね。