自分が
がんだと知ったとき
自分の親に伝えるのは当たり前だろうか

当たり前だと思って連絡したのが間違いだった。

『検査の結果が出るまで来なくていい』と伝えたが、電話した翌日に現れた。


ワタシは親と3年あまり連絡を断っていた


母親は、
結婚を反対したり
こどもが産まれたと報告しても
会いに来なかったり

のにも関わらず
私が書いていたブログを見つけて
泣きながら消せと言ってきたり。

あの人は
ワタシが物心つく頃から
感情の起伏が激しく
激情型で感情的。

幼い時は恐くて仕方なかった。

物心ついてからは、
見栄と世間体とプライドだけで
自分を支える弱い人間。
他人を自分の都合のいいようにコントロールしてくる油断ならない人間。
そう思って敬遠・軽蔑していた。


不安定な親を持つ子供は不幸だ。
家庭に気の休まる場所がない。

自分の感情を麻痺させ、心理的に距離を取ることで自分を保つしかない。

高校の時は、
ストレスで髪が抜けたし、いつものように彼女の怒号を黙って聞いていたら気を失ったりもした。


育児放棄や暴力こそなかったが、
(小さいときはぶたれたが)

ワタシの目の前でヒステリー/パニック発作を救急車を呼ばなきゃならないことがあったり、夫や親や妹、ワタシの友人やその親に対する愚痴や文句を聞かされ続けたり、

急に大学の学費をはらわないと言い出したり、呼んでもないのに卒業式に現れて、あの子は表彰されて、なんで陽希は表彰されないの?と怒り出したり…。

エピソードを数え上げればきりがない。

とにかく、精神的に一緒にいて安心できる要素はなかった。
我慢(=ストレス)ががんの原因になると言うなら、親の責任も一部あるように思えて仕方ない。


それでも、急遽、入院・手術が決まり、一応は連絡した。

翌日、現れたとき

『なんで○○見せに帰ってこんの?』
『いつでも○○(息子)は預かるよ』
『ウチから病院に通えばいい』
『お金の心配ならいらないから』

勝手なことばかりベラベラ話す。
きっと、何事もない親子関係であれば、これらのセリフは有難いものだったと思う。

相部屋だったので、調子を合わせて話していたが、決定的にもう無理だ、と思ったのは入院した週の土曜日。

夫の提案で、息子を預けなければいけなくなったとき、初対面では息子が動揺するであろう、ということで、親を誘って1日レジャーランドで遊ばせる事になった。

ようやく孫に会えて大喜びの両親。
感激のコメントがLINEに届く。

ワタシの中で親孝行できたと思う半面、黒くて熱くてドロドロした感情が沸き立ちました。

『孫に会えて嬉しかった。楽しかった』
の前にワタシが欲しかったのは

『長い間苦しめてすまなかった』
という娘にたいする謝罪だ。

病室に現れたとき、調子を合わせてヘラヘラ喋ってしまった自分にも腹が立つ。あのとき枕でも投げつけて、土下座して謝れとでも泣き叫んでやれば良かった。

右脇腹が軋む。
転移している肝臓が暴れているのか。
ストレスが症状に直結しているのを感じる。

その夜。
ワタシが母親の首を締めて罵りながら泣いている夢を見る。罵っている声が寝言になり、そのまま耳に聞こえ目が覚めた。