東京45年【85-3】宇奈月温泉 | 東京45年

東京45年

好きな事、好きな人

東京45年【85-3】宇奈月温泉

 

 

 

1986年 正月、25歳、宇奈月温泉

 

 

雪の中、トボトボと宿に向かう。

 

 

宇奈月温泉は黒部川の小さな広がりの場所に川沿いに出来た温泉街だった。

 

 

黒部の幸を存分に味わえる自然があった。

 

 

ブラブラしていたら寒くなってきた。

 

 

山では感じなかった寒さだ。

 

 

まだ、9時半頃か。

 

 

駅の方に行くと、もう土産物屋が開店している。

 

 

その隣に喫茶店があった。

 

 

その喫茶店に入って珈琲を飲む。

 

 

美味い。

 

 

下界の味だ。

 

 

新聞を読む。いつも読まない。

 

 

新聞を手に取るのは何年振りだろう。

 

 

頭に何も入って来ない。

 

 

珈琲を飲んだ。

 

 

雪が大粒になってきた。

 

 

上はもう荒れているだろう。

 

 

公衆電話で山岳部の部室に電話をする。

 

 

誰も居ないと思っていたが、井口という2年生が電話に出た。

 

 

『島谷です。一人か?』

 

 

『いいえ、5人程います』

 

 

『正月だぞ。彼女は居ないのか?初詣でも行けよ』

 

 

『はい、ここが済んだら行こうと思っています』

 

 

『そうか、合宿の片付けか?』

 

 

『はい、そうです』

 

 

『そうか、お疲れ様。

 

ところで今宇奈月温泉にいるんだが、山は荒れ模様だ。

 

下でも風が強くて雪も大粒だ。

 

上は荒れて雪崩が出そうな気配だが、部員で誰か山に行っている奴は居ないか?』

 

 

『はい、山行予定ノートには誰も居ない様です』

 

 

『そうか、それは安心だ。それから富山の土産は何か欲しいもはあるかな?』

 

 

『はい、ありがとうございます。

 

では蒲鉾をお願いして良いでしょうか?あれは旨かったです』

 

 

『だけどあれは作りたてで、あれを手に入れるのは難しいかも知れないが、まあ無かったら何か適当に買っていく。それで勘弁してくれよな』

 

 

『はい、ありがとうございます』

 

と、俺は電話を切った。

 

 

切った後に新年の挨拶を忘れた事に気が付いて、もう一度電話をした。

 

 

『ごめん、ごめん。井口か?』

 

 

『いいえ、井上です。島先輩』

 

 

『声で分かったか?』

 

 

『はい、それに電話を掛けて頂くのは島先輩だけですから』

 

 

『そうか、用事はさっきの電話で済んだんだが、

 

あけましておめでとうを言うのを忘れて、

 

忘れると気になるのでもう一回電話をしただけだ。

 

だから、井上からみんなにおめでとうと伝えてくれ』

 

 

『はい、伝えます。ありがとうございます。

 

あけましておめでとうございます』

 

 

『あけましておめでとう、みんなの良い一年を祈ってるよ』

 

 

『はい、ありがとうございます。では失礼します』

 

 

2回目の電話が終わってスッキリした。

 

 

 

 

 

そうだ、玲にも言っていない事に気が付いた。

 

 

玲の実家に電話をした。

 

 

『島谷です。新年あけましておめでとうございます』

 

 

『あら、島谷君。あけましておめでとう。玲子はどうしたの?』

 

 

『はい、夜行で来させちゃったので、疲れたんでしょう。今は宿で寝ています』

 

 

『あらあら、寝正月ね。そっちはどう?』

 

 

『はい、風が強まって大粒の雪に変わりました。

 

西高東低の気圧配置の特徴ですから、

 

3ヶ日の東京は良いお天気だと思います』

 

 

『気象庁に聞いている訳じゃないわ。玲子と仲良くやっていますか?』

 

 

『はい、頗る仲が良いです。あと、二人とも竹中さんが想い出になって来たと朝話しました』

 

 

『そうなの。それは良かったわ。ちょっと待ってね。お父さんと替わるわ』

 

 

『おお、島谷君。どうだ、女と二人の温泉は?』

 

 

『はい、女性と二人の温泉は初めてですが、もう朝一でやっちゃいました。あっ、済みません。お父さんにこんな事言っちゃって』

 

 

『良いさ。あははは。ゆっくり楽しんでくれ』

 

 

『はい、ありがとうございます。遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます』

 

 

『ああ、あけましておめでとう。それはそうと、宇奈月はどんな感じだ?』

 

 

『はい、山間の猫の額みたいな小さな場所にある温泉街ですが、黒部の自然が圧倒的です。力強くて近寄り難い黒部です』

 

 

『ほう、そうか。宿はいい宿か?』

 

 

『はい、40室くらいの純和風の黒部の雪景色が見える部屋です。あっ、それからその宿に竹中さんが止まりに来ていたようです。宿の女将から聞きました』

 

 

『ほう、島谷君はどこでも知り合いに会うね。やっぱり谷口さんが言う通りだ。じゃあ、楽しんでくれ。玲子に宜しく伝えてくれ』

 

 

『知り合いの知り合いですが。。。。。夜、電話させますね。では、失礼します』