東京45年【81-2】冬、剱岳
1985年 冬、25才、剱
晩飯は、カレーだった。
たっぷり食った。
外に出てみると更に荒れていた。
風は強風レベル、雪は大粒で横殴りだった。
本格的に荒れて来た。
明日は確実に停滞だった。
その夜は菅井先輩の佐和ちゃん話で盛り上がった。
菅井先輩はすっかりその気になっていた。
手はどんな切っ掛けで繋げば良いのか。
キスはどうやってすれば良いのか。
SEXはいつすれば良いのか。
どうやってすれば良いのか。。。
肉体関係を結びたがるのは男の性だ。
だが、27才の菅井先輩は、その事ばかりに気になっている様だった。
東京の豪徳寺で生まれ育って、東京しか知らない素朴な方だった。
いや、東京も知らない。
家の近所と小田急線沿線と早稲田、新宿、職場がある丸の内辺りしか知らない。
立ち食いソバと牛丼が大好きで、山に行く夜行列車で、停車時間が長い駅ではホームにある立ち食いソバを食べていた。
一度、飯豊連峰に行く時に、いつもの様に黒磯駅のホームで立ち食いソバを食べていたら、列車に乗り遅れた事があった。
朝5時に米沢駅に到着したが、菅井先輩が到着したのは昼の12時を過ぎていた。
主将は怒っていたが、菅井先輩ならあり得るとみんな笑っていた。
失敗して周りに迷惑を掛けても、人の良さと憎めない性格は怒りたくても怒れなかった。
山の実力は、細かい技術は不得手だが、とにかく馬力がある。
50kgの荷物を背負っても山を駆け巡るほどの体力があった。
岩登りも細かい技術ではなく、腕力でグイグイ登って行く。
なのに、女性の前では緊張して話が出来なくて、彼女が居た試しが無い。
仕事なら男女関係なく話が出来て、グイグイとチーム引っ張って行けるが、プライベートになるとからっきし意気地なしになる。
俺は、菅井先輩の性格なら彼女と上手く行くだろうと思った。
『菅井先輩、彼女と上手く行ったら紹介して下さいね』と原。
『そうだ、全員彼女が居るんだから、みんなで会わないか?』と俺。
『それ良いですね。そうしましょう。
僕は子供も連れて行って良いですか?』と桜井。
『もちろんさ』と原。
一月中に飲み会実行と約束をした。
約束をしたが。。。
『ところで、1月だと菅井先輩が不味いですよね。
バレンタインデーは未だ先ですから』と桜井。
『そう言えばそうだな。
じゃあ菅井先輩が彼女との予定を早めて貰うしかないですね』と原。
『そうか。。。ついついもう付き合っている気になっていたな』と菅井先輩。
『桜井、何か早める方法は無いか?
俺は2月は知床だからいないぞ。
初詣に行って告白するっていうのはどうだ?』と俺。
『それも未だ早いですね。
初デートでそれは相手も引くでしょう』と佐々木リーダー。
『初デートで昼間下北沢、次の週の土日に映画+食事、その次の週に告白。
1月の末辺りに飲み会ですか?』と桜井。
『それを実行するには。。。菅井先輩、電話攻撃しかないですね。
初デートは1月2日にして下さい。
この山から下りたら魚津駅から約束の電話を入れて下さい。
正月ですからお店もあまり開いていないでしょうから、近所の神社で初詣ですかね。
そして、その日の夜に電話をして下さい。
晩御飯の時間は避けて下さい。
電話では今日はありがとうと言うんですよ。
それからまた会って下さいと言って下さい。
そこで彼女からはいつですか?とは来ないと思います。
思いますが、そう聞かれたら翌々日はどうかと聞いてみて下さい。
聞かれなければ言わないで、また電話して良いかだけ聞いて下さい。
そこまでは全部OKのはずですから。
そして、正月休み中に2度目のデートが出来たとしたら、その一週間後の土日に映画+食事です。
そこまで行ったら、次の週は後楽園遊園地か。。。
ドライブか。。。で、そこで帰りに食事をして、そこでネックレスのプレゼント+告白ですかね。
1月の湘南辺りのドライブはどうですか?
人気の無い湘南の海で告白。
夕方ならベストですね。
それなら1月末には飲み会が出来ます』と桜井。
『菅井先輩、チャレンジですね。。。。。
だけど、女ってのは、予測不可能だからな。。。。。』と俺は言った。
『なんか緊張してきた。
それ以上にドキドキしている。
女を好きになるっていうのはこんな感じなのか?』と菅井先輩。
『幼いな』と原。
『原、お前な。。。仕方が無いだろう。
今まで何も無かったんだから』と菅井先輩。
『いや、そうじゃなくて。。。
菅井先輩らしくて、その純粋な感じの菅井先輩が良いなと思って、
上手く行けば良いですね』と原。
外はゴーゴーと風が吹き荒び、雪が刺さる中、温かい雪洞の中では一人一人が想う人を思っていた。