東京45年【36-2】築地 | 東京45年

東京45年

好きな事、好きな人

東京45年【36-2】

 

 

 

1985年 秋の頃 25才、築地

 

 

知床から晴海埠頭、そこから真っ直ぐ築地に行く。

 

 

田口さんと例の小料理屋で会った。

 

 

暫くすると、玲が来た。

 

 

『ご無沙汰しています』

 

『話をするのは竹中の葬儀以来だね。しかし、この前の電話は、驚いたよ』

 

『はい。私も驚いています』

 

『やっぱり、こいつは、いつも驚かせる』

 

『そう思います』とキッパリと玲。

 

『俺のせいですか?』

 

『他に誰がいる?お前に決まっている!!!』と田口さん。

 

『あなたのせいよ』と玲。

 

『二人で俺を責めるんですか???玲、お前は俺の味方じゃあないのかよ?』

 

『アハハ。実はこの前、心配になって、玲子さんと会って、話を聞いたんだよ。

 

玲子さんは、お前の事が好きだとさ。

 

羨ましい限りだよ。

 

こんな美人を射止めるとはな!』

 

 

 

横に座っている玲の顔を見ると照れたように赤らんでいた。

 

 

 

『でも、分かる様な気がするよ。気が強そうに見えて、実は繊細な玲子さんと何も考えていない様に見えて、実は相手の事ばかり考えているお前。

 

良い相性だよ。

 

お前ら二人を目の前にすると、そう思うよ』

 

 

『俺もそんな感じがします。

 

玲と一緒にいると幸せを感じるんです。

 

側にいたいと思うんです』と俺は言った。

 

 

『私は、秀が側にいると、安心出来るんです』と玲。

 

 

 

『のろけに来たのかよ?』

 

 

『田口さんには、玲と二人で会いたかったんです』

 

 

『これからも宜しくお願いします』

 

東銀座で田口さんと別れて、玲と二人で渋谷に向かう。

 

 

 

金曜日に引越す約束をして、渋谷で玲と別れた。

 

 

玲は自分のマンションへ、俺は上井草の寮に帰った。

 

 

一緒にいたかったが、社会人と学生では時間の使い方が大きく違っていた。

 

 

恋人達にとって、時間の使い方やズレは、付き合い方に大きく影響をおよぼす。

 

 

距離と同じくらい影響がある。

 

 

 

その夜、寮に戻って、荷物をまとめた。

 

 

寮母さんに、明日引越しをする事を告げた。

 

 

玲の話をした。

 

 

 

『良かったじゃない!彼女が出来て!

 

早速一緒に住むなんて、手が早いわね?』

 

と寮母さんは笑いながら言った。

 

『手が早いと言うより、女をその気にさせるのが、

 

早いのかしら?会って直ぐに同棲だなんて…』

 

と今度は真顔で言った。

 

 

 

『素直に好きと言ったんです』

 

 

『それで?』

 

 

『それでって。。。SEXしました』

 

 

『あらま。。。やっぱり、手が早いわね!』

 

 

『我慢出来なかったんです』

 

 

『先輩の元彼女なのに?』

 

 

『罪悪感はありましたが、押さえきれませんでした』

 

 

『そうやって始まるのよね?』

 

 

『はい。まだ始まったばかりです』

 

 

『鈍感な島谷君なのに、そう言う時だけは

 

ちゃんと分かるのね?』

 

 

『そうなのかも知れませんね』

 

 

『今度連れておいでよ!私が品定めして上げるわ』

 

 

『よろしくお願いします』

 

 

俺は部屋に戻り、村井さんにお礼の葉書を書いた。

 

 

 

三菱電機の鎌倉製作所の所長と副所長にも

 

葉書を書いた。

 

 

最後の日は、夏休みが終わり田舎から帰ってきた

 

寮生達に激励会をして貰った。

 

 

楽しくしながら俺はジュースとコーラを交互に

 

飲みながら、酔っぱらっていく寮生を眺めていた。

 

 

いつの間にか俺が一番の年上になっていた。

 

みんなが酔っぱらい、みんなが去っていく俺を

 

惜しんでくれた。

 

 

翌日、朝起きて、寮母さんを手伝い、

 

寮の仕事をした。

 

 

何年もお世話になった寮の仕事をするのは、

 

これで最後だと思うと感傷的になった。

 

 

念入りに廊下や階段の掃除をした。

 

昼過ぎに長年暮らした部屋の掃除をした。

 

寮でやる事はもう無くなっていた。

 

 

 

 

夕方近くに寮から自由が丘へ引っ越しをした。

 

 

引っ越しと言っても山の道具と着る物を

 

ザック1つに詰めて、それを担いで電車で

 

移動するだけだった。

 

長年居た寮を去るのは寂しかった。

 

 

ここでいろんな人達に出会い、いろんな事を考え、

 

学生の本分である勉強もした。

 

 

いろんな山に行って、ここに戻ってくると

 

温かい人達が向かえてくれた。

 

 

別世界の山から俺を社会に引き戻てくれた。

 

 

茂子との同棲を止めて、ここに来た。

 

 

モグリの寮生となって、朝晩寮の仕事を手伝い、

 

ラグビー部の練習に参加させて貰い、

 

ここからいろんな山に行った。

 

 

 

 

人には戻る場所がある。誰にでもある。

 

 

 

想い出の中にも、現在も戻る場所はある。

 

 

 

自分を作ってくれた場所。

 

 

それが俺にとってはここだった。