せん妄について その二(治療編) | 老年科医の独り言

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認知症治療にかかわって30年目になります。
今回心機一転、題名を変更して、ぼつぼつ書いていきたいと思います。

今回は、せん妄の原因と治療について書きたいと思います。


せん妄と言う状態は、実はどうして起こるのかまだ良く判っていません。

前回書いた意識障害の基本のところで、意識を保つ中枢の「脳幹網様体」の機能異常で起こる場合と、大脳自身の障害で起こる場合があるようです。

以下は私の経験からの私見です。

せん妄の多くは、脳幹網様体の障害から起きていると考えたほうが良いようです。せん妄発作時は、下肢の麻痺を伴っている場合が多いことは、認知症の診療を始めたころから気が付いていました。ニコリンでせん妄を抑えるとせん妄時には明らかでなかった下肢中心の片麻痺が残る方が多かったのです。せん妄時は火事場の馬鹿力で激しく徘徊していた方が、せん妄が取れると麻痺のため転倒したりすることが良くありました。

これらが、脳幹部(特に橋下部)の微小脳梗塞で起こっている可能性が高いと考えていました。


そのことに確証をもった発作がありました。

それは、在宅でかかわった方で、この方のあるときの発作を見て、脳幹部の脳梗塞であると確信しました。その方は、亡くなるまで、約5ヵ月間の間に、脳幹部の脳梗塞を、数日おきに起こしていました。最後は、食事中に突然倒れ呼吸が止まったことから、脳幹部の脳梗塞が直接死因だったと思います。

ある発作を起こした時左の口角からよだれが出ていました。このときこの方は左の腕で、タオルと持ちよだれを拭いたのです。この方は、若いころの怪我がもとで、左腕の肘関節の動きに著しい制限があり、普段茶碗も持ったことがないと言う方でした。ですから通常左腕でよだれを拭くと言うことは考えられません。そうです右腕が麻痺してうまく使えないのです。歩かせてみると、起立が不安定で明らかに右足の筋力が落ちています。

よだれは左側しか出てきません。これは左の顔面神経麻痺により、左口角のしまりが悪くなっている事が原因です。

このような体の方の右片麻痺と顔面の左の麻痺を同時に起こす現象を「交叉性麻痺」と言います。これは橋下部の顔面神経が脳から出て行く場所でしか起こらない麻痺です。

この方は同時に構音障害や嚥下障害も起こしていました。このため唾液を呑み込むことが大変になりよだれとなったと考えられます。このような現象を仮性球麻痺と言い、延髄レベルの障害があることを意味します。

このことより私は、

せん妄は脳幹部の脳梗塞(特に橋下部)で起こっていることに間違いないと!!!

と確信しました。

脳梗塞による意識障害の治療薬のニコリンの効果がある訳だと納得した次第です。

その後もせん妄の原因が脳幹部の脳梗塞であると確証を与えてくれる例が後を絶ちませんでした。

橋下部から延髄にある呼吸中枢が障害され、呼吸運動に制限が加わり呼吸不全が悪化した拘束性肺疾患の方・チェーンストークス呼吸と言う呼吸中枢の障害による異常な呼吸を呈する方なども珍しくありませんでした。

注)大脳の大きな脳梗塞や頭蓋内出血などで意識がなくなった方の場合、脳幹部の機能障害がおこります。このチェーンストークス呼吸は、脳幹部の機能障害が進行して脳ヘルニアを起こす寸前であることを示す呼吸で、生命の危険がある危険な状態と言われています。ですから、昏睡状態でなくチェーンストークス発作が起こることは、多くの医療関係者の頭にはありません。


固縮のため筋緊張が異常に高まっている方が、弛緩性麻痺を呈することも多かったです。これも橋下部以下のレベルで、運動神経に障害が起こらないと起きない現象です。




大脳自身に影響を与えてせん妄を起こす原因として薬剤ストレスが考えられます。急性期の医療機関に入院中せん妄が珍しくないのは、ストレスの影響(環境の変化や疾患からくるものなど)が、大きく影響していると思います。

ICUなどで多いことから、拘禁反応の関与も考えられます。


せん妄を起こす薬剤として、全身麻酔に使用する薬剤が有名です。術後せん妄と言い結構な頻度で起こるようですが、短時間で改善するため大きな問題にはなっていないようです。ただレビーの方は、術後せん妄を起こしやすいだけでなく、全身麻酔薬により脳の機能障害が進行し、認知症が悪化することがあるので、注意が必要です。

その他中枢神経系に作用する薬剤は、せん妄を起こす可能性があります。

これはレビーの方でより成りやすいようです。理由は薬剤過敏性で過剰に反応したり奇異反応を起こすためと考えて良いと思います。

代表的なものとしては

1、睡眠薬や安定剤などのマイナートランキライザー(頻度は多い)

特に作用時間が非常に短い超短期型睡眠薬と呼ばれる、ハルシオン・アモバン・マイスリーは非常に起こしやすいです。ハルシオンは、認知症でない方(若い方)でせん妄を起こして昔から問題になった薬です。ハルシオンでせん妄になった方は、一見普通に覚醒しているように見えますが、せん妄中のことを全く記憶していない事で、せん妄を起こしていることが確認されています。アモバンは、発売当初作用時間が短いことより高齢者で安全に使えると考え、採用しましたが、夜間せん妄を起こす方が頻発し、同じ時期に発売されたリスミーに変更したことがあります。私は睡眠薬としてリスミー以外はほとんど使用したことはありませんが、それで困ることは、ハルシオン常用者に効かないと言うこと以外あまりありませんでした。

2、抗精神病薬や抗うつ剤など

 これは頻度が多いものではないようですが、奇異反応だと考えられます。

3、ある種の胃薬

このように認知症に伴うせん妄の原因として、あいまいな表現で言われている薬があります。それはヒスタミンH2ブロカーと呼ばれる、強力な制酸剤です。代表的な薬剤は、ガスターです。そうですエーザイの代表的な薬です。エーザイはこんなところでも、自社の不都合を隠す工作を行っているのです。

4、パーキンソン治療薬

これも比較的せん妄を起こしやすい薬のようです

5、抗ヒスタミン薬

鼻炎やかゆみ止めに良く使用される薬剤です。いわゆる風邪薬には良く入っていますので、レビーの方に風邪薬を飲ませるのは注意が必要です。

6、抗コリン薬

腹痛を抑えたり頻尿の治療薬として使用されることが多いです。アセチルコリンの働きを抑える作用の薬です。

これ以外にもいろいろありますが、認知症の方によく使うものは、このくらいでしょうか。

もう一つ忘れていたものがあります。

それは何と・・・・アリセプトです。

最近気が付いたのですが、アリセプトによる激しい興奮・易怒を起こしているときは、せん妄以外の何物でもないと気が付きました。レビーでもうろうとして活動性が落ちた方は、慢性のせん妄を起こしていると考えて良い状態だと思います。これもせん妄の一つの状態として考えたほうが良いでしょう。この慢性のせん妄は、レビーにアリセプトを多量に使用したとき起こりやすいです。アリセプトをやめても血中濃度が下がりきるまで続きます。時間にして3~4週間は続きます。   

アリセプトによるせん妄にもニコリンは効果があります。


私はせん妄に対する治療法を父から教えてもらいました。当時ニコリンは非常に高い薬でしたので、多量に使用すると保険で認められず500mg(これでも多いくらい)を使用していました。この薬は脳梗塞や頭部外傷による意識障害などの治療薬として、私が医師になったころは非常に良く使われてきた薬です。

現在1000mgになったのは、ある患者が、せん妄発作を含め強い意識障害を伴う脳幹部の脳梗塞を繰り返していいました。ある発作の時シチコリン(ニコリンの後発品)500mgが同じトレイに2本あったので、思わず2本使用してしまったのです

そうしたらすぐ効果が出て、意識が戻りました。それ以後シチコリン1000mgへ増やしたら、せん妄に対して速効性があることが判りました。早い方は注射をしているうちに、遅くとも数分以内に効果が明らかになりました。これはデイの看護師やケアマネで看護師の資格を持った方の目の前でも行い、その方々はびっくりしていました。それほど効果があります。多くの認知症治療を行っている方々に見ていただきたいと思います。


私は、長年認知症の原因は、あまり気にしていませんでした。

その理由は何かって?

認知症の方が激しいBPSDを起こすのはせん妄を起こした時が非常に多いのです。せん妄の治療はニコリン500mgを数日間投与するのと、短期間セレネースの注射を併用すれば簡単に治るんですから・・・。

認知症の治療は、せん妄を治しさえすれば十分だと考えていましたし・・・。

実際せん妄の治療は簡単でしたから・・・。

そのような理由で認知症の原因はあまり問題にしていませんでした。

今思うとアリセプトでせん妄発作を繰り返していたレビーの方がいましたが、アリセプトを止めていれば介護者がせん妄に苦しむことはなかったと反省していますが・・。もっともアリセプト少量投与と言うことはやはり知りませんでしたから、アリセプト中止で日常生活動作が障害され介護が困難になっていたかもしれませんが・・・。

認知症で有名な筑波大学の朝田 隆教授も、昔はシチコリンを使用していたようです。あるパーキンソンの勉強会で、その勉強会の主謀者とせん妄にはニコリンが良く効くと言っていたのを聞いていましたから・・・。このとき私に聞かれて「しまったと言う表情をした朝田教授の顔」は、今でも忘れませんがね。

朝田教授は、数年前の「今日の治療」と言う医師向けの教科書にニコリンの点滴を、せん妄の治療として書いていましたから、せん妄の治療に使用していたのは間違いないと思います。このころせん妄の興奮を取る方法としてセレネースからリスパダールが主流になってきていました。リスパダールはパーキンソニズムを起こしにくいと考えられていますので、セレネースにとってかわりました。セレネースを怖がって使用しなかった内科系の医師もリスパダールに飛びつきました。

またニコリンは点滴では十分効果がないことから、せん妄の治療薬としてニコリンが消えて行きました。

ニコリンは大きな脳梗塞には効果がないと言われています。このため再評価で効果効能がないと言うことになり、同じ会社のダーゼンと同様消えていく運命の薬のようです。

メマリーでニコリンが不要と成れば良いのですが・・・・・。