「ビヨンド・ユートピア 脱北」(2023)

 

脱北のドキュメンタリーをシネ・リーブル池袋で観てきました。

 

 

監督・編集はマドレーヌ・ギャヴィン。予告編はコチラ

 

長年にわたって、脱北者の手伝いをしてきた韓国人のキム・ソンウン牧師。脱北に成功した人数は1,000人以上。嫁も脱北者で、支援活動で息子を亡くして以降もずっと現地入りも辞さない活動続けています。38度線からの越境はムリなため、現在のルートは北朝鮮と中国の国境からの脱北。北朝鮮内にも中国内にも脱北を手伝う"ブローカー"なる人物がいて、彼らからキム牧師に依頼の電話がかかってきます。ブローカーの目的はカネ。脱北者を捕まえると、厳しく取り締まる北朝鮮国家は北朝鮮側の人間にも中国側の人間にも報酬を与えています。中国の農村部なら半年以上の給料にあたる金額がもらえるため、脱北者を捕まえることは大金を得るチャンスといえます。ブローカーがなぜ脱北を手伝うのかというと、北朝鮮国家からもらえる報酬以上のカネを韓国の脱北支援者からもらえるから。人道的な使命感ではなく、自身の生活のためにリスクを背負って手伝うわけです。

 

北朝鮮と中国の国境を挟む川を渡って、中国国内をこっそりと移動(警察を買収して車で移動する等)してベトナム入り。そして、ベトナムからラオスに入るために山岳地帯を数時間かけて歩きます。で、タイ国境付近まで車で移動して、最後に国境を挟むメコン川(麻薬密輸ルートの危険地帯)を渡り切れば、ミッション成功となります。共産圏のベトナムとラオスは中国の影響下にある監視があるため、共産主義国家ではないタイ国内に入るまでは(各国に存在する隠れ家での一時休暇を除いて)息が抜けません。タイに無事に入ることができて警察に投獄すれば、脱北者として保護されて韓国に送られて自由な身となります。ただし、途中で捕まったら北朝鮮に強制送還。最低でも収容所での強制労働。ほとんどは、尋問、拷問、自白を経て、処刑による死が待っています。

 

本作は、過去に脱北に成功してアメリカで生活している人北朝鮮関連の有識者のインタビューを交えながら、実際に脱北を試みる様子をケータイのカメラに収めた映像で構成されています。 まずは、先に脱北に成功した男性が祖国に置いてきた兄弟家族小さい子供おばあちゃんもいる5人家族の脱北の様子がブローカーによる撮影映像で生々しく語られていきます。脱北した裏切者の親族として祖国で収容所入り間近となっているため、両親は脱北こそ生き延びる唯一の手段だと思っていますが、おばあちゃんと小さい子供たちは金正恩総書記こそ正義の味方だと信じている複雑な状況。そして、先に脱北した母が10年間生き別れになっている息子を脱北させようとする別の事例も同時進行で描かれます。果たして、彼らは無事に脱北できるのか・・・というのが大まかなあらすじ。

 

原題は「Beyond Utopia」。昨年、サンダンス映画祭で上映されて、ドキュメンタリー部門観客賞を受賞したという話題作。脱北を支援しているキム牧師にお願いして、脱北の様子を映像に収めるという前代未聞の手法が衝撃的。脱北に成功するほうが稀なわけで、本作の2つのケースでもコトはカンタンに運びません。一家を脱北させるカネ目当てのブローカーは、山間地帯を移動中、目的地に着きたいなら報酬額を上げろと要求してきます。一方、が脱北させようとしている息子は中国に入ってから消息が途絶えてしまいます。拷問される人処刑される人路上で餓死している人幼少時から洗脳されている子供たちといった北朝鮮のシビアなアーカイブ映像もさることながら、作り物のサスペンスでは再現できないヒリヒリ感が伝わる脱北密着映像が圧巻のドキュメンタリーでございました。なお、脱北の映像はコロナ禍の数ヶ月前のモノで、コロナ禍に入ってからはタイへの脱北ルートも閉ざされているとのこと。。。