7時の目覚ましで目が覚める。疲れが溜まっている。写真は民宿の窓から見た橋杭岩。

 とりあえず、昨日買ったおにぎり(普段はカップ麺も買うのだが、さすがにうどん・そば店に泊まっているので遠慮した。)を食べて8時には出ようとしたが、NHK連続テレビ小説「ばけばけ」が最終回なので、8時15分出発。

 ここのチェックアウトは、鍵を部屋に置いておけば良いスタイルだ。

 朝の橋杭岩を見てから潮岬を目指す。

 橋杭岩の成り立ち。海底の泥岩にマグマが入り込み冷えて固まり火成岩になる。海底が隆起して泥岩が火成岩より先に浸食される。波で浸食が進み、津波が崩れた火成岩を陸側に運ぶとのこと。

 潮岬に行くには、昨日来た道を戻らなければならない。

 潮岬周遊線こと県道41号線を通り岬の東側を走る。岬の付け根の部分を過ぎると急な坂になり、アップダウンの繰り返し。集落もあり、出雲という地域には小学校もある。

 潮岬到着。広い駐車場と芝生が広がる。

 潮岬観光タワー。タワーの上からは、太平洋の広大な水平線を360度見渡すことができるそうだ。入場料は300円。そこそこ観光客も来ているが誰も入ろうとしないので、筆者もスルーした。

 本州最南端と書かれた木製の標識。指し示す先に広がる芝生は、「望楼(ぼうろう)の芝」と言い、かつてここに船の安全を見張るための望楼(物見やぐら)が置かれていたことが、名前の由来だそうだ。

 芝生広場から見下ろす場所にある岩場。「クレ崎」と言って、ここが真の本州最南端。降りることもでき、イシダイ等が釣れるらしい。

 本州最南端の碑。

 御製(みうた)と刻まれた歌碑。

「紀の国のしほのみさきにたちよりて 沖にたなひく雲をみるかな」

 昭和天皇が昭和4年の南紀行幸の思い出を、昭和11年の宮中歌会で詠んだものらしい。

 海軍大将有馬良橘謹書とあるが、有馬良橘が揮毫者ということらしい。さて有馬良橘(りょうきつ)だが、1861年、紀州藩の藩医の長男として生まれ、1882年、海軍兵学校に入り軍人の道を進んだ。日露戦争においては、司馬遼太郎の「坂の上の雲」の主人公の一人である秋山真之とともに連合艦隊参謀を務めた。旅順港閉塞作戦では、3度の閉塞作戦のうち2度指揮官として参加。NHKスペシャルドラマ坂の上の雲では、加藤雅也が有馬良橘役を演じている。

 駐車場に戻る途中、南紀熊野ジオパークセンターがあったので見学した。館内には、紀伊半島の大型立体模型に火山の噴火など迫力ある映像を投影するプロジェクションマッピングが特に目を引いた。他には顕微鏡コーナーや化石発掘体験等もあり、これが無料で入館できるのは、いささか申し訳ない気がする。

 潮岬灯台に行こうとしたが、それらしい標識も見当たらず、灯台方面であろう細い道があったが行って良いのか分からず通過してしまった。県道41号線の陸側には、住宅地があり、中学校もあるようだ。

 かなり、遠くから潮岬灯台を遠望。1873年に点灯した歴史ある灯台である。また、内部に入って上まで登れる数少ない灯台の一つでもあるそうだ。

 県道41号線から国道42号線に戻り、串本町の市街地を抜けて再び橋杭岩へ。写真を撮って駐輪場に戻ると腕を吊っているひとを含めて、3人の強面の人が立っていたので、早々に立ち去る。民宿はし杭の前には、昨日会った壱岐から来たという女将さんがいたので、「お世話になりました。」と声をかけて新宮市に向かった。

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