小三治と私 | ~平島誠也の覚書き~こんなこと書いてたなあ

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10月7日小三治が死んだ。落語を聞き始めたきっかけが、ラジオで聴いた「転宅」泥棒がお妾さんの家に入って逆に騙される話。数年前にも聴いたがほとんど変わらず、すでに若いときに完成していたのだとつくづく思う。ラジオではインタビューもあって「最近楽に落語ができるようになった」とか言ってた。カセットテープに残してあるのでどれだけ昔の話か判る。上京してからは寄席、独演会、一門会、二人会など数えきれないほど聞いたが、毎回マクラに感動した。趣味が広い人なので話題も多かったが、時の政府にはいつも辛口だった。噺家なら当然と思うかもしれないが、小三治はありきたりの斜に構えた批評などではない、人を厳しく見つめるところから来る社会時評だった気がする。笑いで覆っていてもそれとなく幸福とはなにか、いつも問いかけていた。

好きな落語家はみな死んでしまったので、小三治が最も長く聴いた噺家ということになる。たとえ一之輔を聴き続けたところで年月は及ぶまい。

写真は府中の落語会でネタおろしの「鰍沢」を聴いた時。えらく長い高座だったけど、個人的には滑稽噺の方が胸を打つ。この日一緒に聴いた、仕事でご一緒しているソプラノ歌手が、小三治と知り合いで、楽屋を訪問でき写真も撮れたのだ。私の宝である。

小三治は自らコンサートをやるくらい歌好きだったが(CDもあるので買って一回だけ聴いた)かつて草津音楽祭に湯治かねて通っていたそうだ。名歌手シュワルツコプフのマスターコースをたまたま覗き、前述のソプラノ歌手と懇意になったとか。シュワルツコプフのスイスの自宅には私もレッスンの伴奏で伺ったことがあるが、それはまた別の話。

小三治と私の嬉しくも薄い繋がりははもう一つある。彼がよく訪れる長崎雲仙の旅館の女将が高校の同級生なのである。そのことを小三治に告げると、女将があまりに若く美人なので私と同じ歳とは信じられない風だった。

滑稽噺で人間国宝になった人だが、人物はいたって真面目な人で噺家特有のおちゃらけた感じはない。教育者の父、厳しい母との確執、なかなか小さんに認められなかった修行時代。少し上にスターが多くいたことの不運なども多少あったかもしれない。きっちり柳家の噺を受け継ぎつつ、登場人物にリアルな魂を吹き込んだ。

真夏の池袋演芸場昼席でトリをとるときは汗だくでよく並んだものだ。自分にとっては修業のような辛さだったが、それでも聴きたかったし、いい思い出だ。座れなかった客はありとあらゆるスペースに立ち、舞台の真下にうずくまる人さえいたものだ。

さて好きな小三治のネタで追悼しよう

以下順不同

1.青菜

2.厩火事

3.小言念仏

4.馬の田楽

5.転宅

6.ちはやふる

7.居残り佐平次

8.禁酒番屋

9.かんしゃく

10.初天神

そして忘れちゃならない百川と野ざらし、船徳、ああいくつもあってベストテンとはいかないな。


合掌