イメージ 1

シュ・シャオメイという中国人ピアニストがレッスン中に生徒に言った言葉。
さらに詳しく言うと「お腹からグッと音を出すの。手先だけでなく。ゆっくり、できるだけゆっくりと鍵盤に触るの」

シャオメイは現在パリ音楽院で教えている。
文化大革命のとき少女だった彼女はアメリカに亡命し、60歳越えて初めて祖国でバッハのコンサートを開いた。
永く帰らなかったのは、中国人が自分に対してどう感じているか恐れていたためだという。
ピアノを学んでいたというだけで、大勢の前で糾弾された少女のころのトラウマがあったに違いない。
しかし聴衆は温かく、追加公演をするほどに聴衆が詰めかけた。
あえて大ホールを避け、丁寧で心に染みるようなバッハを弾く姿は、知性の塊であり、音楽家としての自身を貫いた年月から滲み出る慈愛に満ちている。

コンサート後、涙ぐみながら問いかける若い女性。
「先生は老子や荘子を毎日のように読まれるとお聞きしましたが、古代の哲学者がどう先生の演奏に影響をあたえたのでしょう。」
「別に今の演奏が老子風というのではなく、私は偉大な哲学者から生き方、学び方を教わりました。だから辛抱強くこの曲に取り組めたのです。つまり、いかに生き、いかに学ぶか、ということです。」
そこに政治的発言はお互いに無く、聴衆も作品の素晴らしさに自由な心で接した穏やかな顔であった。
シャオメイが驚いたのは、ヨーロッパでバッハを弾くと聴衆は老人が主なのに、祖国では若い人たちが主だったということ。
究極的に優れたものは、すべて共通することがあると、彼女は言う。
優れたものを目指す人間のみが、他人の心の奥にいろいろな手段で「徳」 を与えられるのかもしれない。
軍事的海洋進出を図る中国政府に徳は感じられないけれど、バッハを知る若い中国人には期待したいと思った。

シャオメイはライプチッヒのトーマス教会でゴールドベルク変奏曲を弾き、バッハの墓に花を供えた。