幼少の頃から何かと空想と現実の境が分からない子供でした。
そしてとても見栄っ張りな子供でもありました。
負けず嫌いで、私だって出来るよ!
私だってそれ持ってるよ!
妹が産まれてからは我が家のアイドルは妹になりました。
お姉さんだからと割と手をかけてくれなかったみたいです。
なのでおじいちゃんがいつも、遠足も何もかも着いてきてくれました。
おじいちゃんは私のスーパーヒーローです。
ですが、気を引くこと持ち前の負けず嫌いも相まって、つかなくていい嘘をついていたのもこの頃からだと思います。
親の気を引くためならなんでもしたし
関心は私に集まって欲しかった。
姉妹揃って身体が弱くしょっちゅう入院なんかもあり、よく注射で泣かない怖くないと言い張り我慢大会なんかもしていました。
けれど、どこか満たされない想いと
何故怒られるのか分からない。
分からない事が分からない。
それが日常でした。
よその大人に聞けば親に罵倒される。
大人はわかるのではないの?
どうして怒るの?
それすら分からずただ、空気の読めない
癇に障る子供として処理されていた。
それは他人から見ても、当時の幼稚園のクラス担任のコメントからしても明らかで。
「ゆっこちゃんが寂しさでチックが出ています」
「お母さんも妹さんの事で手がかかるのは分かりますが、ゆっこちゃんもしっかり見てあげてください。」
「ゆっこちゃんは話す時、身体が急に硬直します。お家では…」
このような事ばかり書いてありました。
周りは気づいてる子供のSOS。
親はそんなのお姉さんだから当然。
だからこそ、おじいちゃんがずっと大切に見守ってくれてたのだとおもいます。
おじいちゃんが居るから、お父さんもお母さんも、必要ないでしょ、あっちいってて。
なーんでよく言われ、結婚するまで言われてました。その後口で言い負かして泣かせてしまいましたが
「分からせる」
この感情を知ったのは小学生の頃でした。
それまではまだ、分からないしか知りませんでした。