私が考えていることが、旦那から義母に伝わったと聞いた途端、
意地というものが私を立ち上がらせた、といおうか。
母の日会は、女子会ではなく、恒例の親戚会になった。
無免許も混じった、その会に、私は出席した。
そもそも、無免許を放置している全員に、ーーーそれは旦那も自分も含めーーー絶望したから始まったネガティブ思考。
この親戚全員に拒絶反応だったし、会いたくない状態だった。
その人たちに会わないことで、怒りや嫌悪を表すという自分を隠し、
その会の本来の目的や雰囲気を破壊することもないから、
相手にも嫌な思いをさせる必要がない。
そう思っていた。
しかし、旦那が義母に話したということは、多分いろいろな形で他の人にも伝わっているというわけで。
親戚会拒否の理由を知られた今、逃げ隠れするのは嫌だ、と思ったのである。
私に反論したいなら言ってみろ、という気持ちが、私を奮い立たせたのだった。
そして、理論的に考える気力が戻った。
母の日は、確かに感謝するべき人、義母には謝辞を伝えたい。
母の日女子会を計画した義姉には、ある意味私が出鼻をくじいたことで、ポシャったわけで、それには一言謝るべきだ。
バイクの話が出たら、、、
実は私は自分がどう乱れるか、想像がつかなかった。
怒鳴り散らして対峙し、その場を去り、この30年近くの人間関係をすべて捨てることになるだろうと想像していた。
旦那にも、その覚悟を朝話した。
彼は複雑な表情で聞いていたが、あの様子では、私がそこまでの決意で出たことはわかっていなかっただろう。
幸い私たちが最初に着いたので、
義母にまず、感謝を伝えることができた。
義弟が着き、テキトーに挨拶して、笑、
義姉が着いて、つぶれた母の日女子会のことを謝罪し、
自分は母親になる人生を選ばなかったのだから、あの会に出る資格はない。と言ったら
不覚にも涙が。
やっぱり、自分は更年期症真っ只中である。
無免許のことは確かに引き金になった。
しかし、それから自分がおかしいのかと考えるうちに、
人に会うのが嫌になり、料理も掃除もバカバカしくなり、NZの価値観の中にいるのも、自分が存在しているのも間違っていると思うようになり。
涙腺が弱くなるのも、結局症状の一つだし。
典型的だ、と。。。
私は女優になれるタイプではない。
が、これが功を奏してか、、、核心に触れることなく、そのあとはとりあえず穏やかに過ごせた。
もしかすると、義母が、今回はバイクの話は無し、と釘をさしたのかもしれない。
無免許については、この国にいる限り、そしてこの人間関係の中にいる限り、
決して改善しない問題だろう。
それを気にもしない人への軽蔑と、失った信頼感は、一生残る。
私はこれに関しては絶対に間違っていないと断言できる。