キュナード客船の歴史 | フレンチ客船なブログ

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自身の客船漫画や客船に乗船した時の話などをブログで不定期に更新しています。
更新頻度は主に木曜日と週末ですが、基本、不定期です。
今更ですがアスペルガー症候群です。でもあまり語りませんので悪しからず。

そうして船内散策を続ける私。

船内にはこういうキュナード客船の歴史を描いたパネルが随所に展示されております。カルパチア号はご存知でしょうか?

あのタイタニック号の生存者を救助した小型客船です。

 

 

 

 

 

美味しい食事とサービスでキュナードに対抗しようとしたホワイトスター社の客船が氷山で沈んでしまうと、救助に駆け付けたのがまさかのライバル客船とは・・・・・人命救助にライバルもへちまもありませんがね!!

カルパチア号は14ノットが最高速度でしたが、暖房と温水の供給を止め、蒸気をすべて推進に投入しました。それにより船はなんと最高速度を3ノットも上回る17ノットでタイタニックが沈没している現場海域へと向かいました。

これは振動が凄くなるだけではなく、ボイラーの爆発、さらに流氷や氷山が多数あり、二次遭難の危険性など、多重のリスクがありましたが、アーサー・ロストロン船長の非常に的確な判断のお陰で、同船は任務を完遂。

カルパチアの船内は艫から舳先まで(船尾から船首まで)「蜂の巣をつついたような大騒ぎ」だったそうです。

救命ボートが用意され、灯りを全部点灯し、船内では医薬品や飲み物を運ぶ人、振動に驚いた三等船客に安心するように伝えるため待機している客室係などなど、船内は活気にあふれていたそうです。

 

CQDとはモールス信号でSOSが投入される前のコードでした。「Come quick danger」の略だそうです。

ではSOSはというと「Save Our Soul」か「Save Our Ship」の略のようです。

現在では衛星による通信が発達しているため、モールス信号は1999年に廃止されました。

すごいのが廃止の1年前、海上で発信されたSOSの99%!!!が、イタズラだったとのこと!!!!!ひでえ・・・・・。

 

 

 

 

 

この絵がすんごく気に入りました!!荒れた海を進む初代クイーンメリー。

旅行後もマン研仲間と「いかにもタクミ君が描きそうなシーンだね!!」と盛り上がりました。

勿論そういう描写には先駆者がいるのですが。

戦争が終わっていち早く客船に復帰した初代クイーンエリザベス。

サウサンプトンやシドニーに仕舞われていた家具や調度品を運び出し、1946年に無事に復帰!!

乗客の中には8年前(1938年)に予約していたという乗客まで!!!

一番下の等級のツーリストクラスの予約は1年先まで埋まっていたそうです!!

シャンパンバーには有名な昔の映画の写真集が飾られております。

ここでソロ乗客のための集まりがありました。

初めてクイーンメリー2に乗ったのに知ってる写真が!!!

上の写真は「キュナード・プリンセス」という客船の命名式の場面。

王妃が船体にシャンパンを投げつけるワンシーンを見事捉えています。

これはクイーンエリザベス2で船医をやっておられたナイジェル・ロバーツ医師の本にあったのでよく知っております。

 

                        続く!!!