今朝、川島なお美さんが癌で亡くなったというニュースを知りました

一昨日、北斗晶さんが癌を患い、手術と治療に専念するとブログにアップしていました

5月には今井雅之さんが癌で亡くなっています

改めて「癌」という病気が身近で特別なものでないことを実感です


昨年一月に印環細胞癌で母が亡くなることで、

それまでの「癌は遺伝で掛かる」という思い込みは全く関係ないんだと思いました

確かに母方の祖母が乳癌に掛かっていましたが、手術して治っていました

なので「まさか母が?」とか、母自身も「何で私が?」をずっと言いながら治療していました


母の件があってから、私も腫瘍マーカーや胃カメラなどで積極的に対策を実行しています

でも北斗晶さんは毎年人間ドックや健康診断などを受けられていたそうですが、

結局は癌細胞が胸に発見されました



癌なんて風邪と同じくらいに身近な病気なんだと改めて思います

昨日夕方、北斗晶さんが手術された報道を見て、

父が「人間ドック行ってても油断したらアカンねんで」と電話してきてくれました

元気でいたのに大切な家族を癌で亡くす・・・父にはトラウマのようになっています



川島なお美さんが先日、公の場にその細くなった姿で現れたとき、

あまりにもその痩せ方に驚きましたが、私が思ったのは、

「どうしてみんなにその姿を見せに出てきたんだろう」でした

私は元気なのよ、舞台も出るのよ、負けないんだから・・・

その意思表示だったのでしょうか


私が父と母のことを思い出すときにいつも言うのは、

「お母さんは自分の寿命を知っていたんだろうか」ということです

癌治療をしていることは知っていても『末期』だったことは告知していませんでした

抗がん剤や担当医が勧める治療なども辛いのに積極的に受けていました

「生きるにはこれが必要だから」とせん妄症状が出ている間にふとこぼした言葉が

今でも私は忘れません


意識が薄れて、それでもお見舞いに来られた方には微笑んで見せたり・・・

でも最後まで「言い残す」という形の言葉はありませんでした


そんな言葉を言ったら終わってしまうやん!

いつでも前向きで強気な母なりの意思表示だったのかな・・・



一昨日から続く「芸能界の癌」の報道を見て、

ちょっと思ったことをここで書いてしまいました・・・

『ひとりごと』でございます

途中の神社の写真はよく歩いて行けるご近所の神社です

考えごとや疲れたときはこの神社の大きな樹に会いに行きます

長々と書いた下手な文章にお付き合いくださり、ありがとうございますクローバー