「東大卒なのになんでダンスのプロなんかになっちゃったの?(仮)」vol.9 | プロ社交ダンサーブログ@西荻窪

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学歴アップグレード(無意味)

 こうして僕は東京大学大学院を目指すことにした。

そうと決まれば我ながら行動力だけはあり、早速スポーツ科学の受験勉強に取り組み始めた。

主に取り組んだのは運動生理学という分野で、運動している時に人体の中では何が起こっているのかを知るための学問である。

なにせもうだいぶ前のことなので忘れてしまったがたぶんそうである。

まちがいない。

 

 運動生理学は理系寄りの学問であり、一方の僕はといえば大学時代は文学部英米文学科でガチ文系だったので理系に関しては高校生以下であった。

「ゼロからの出発」という言葉がこれほどしっくり来る状況もなかなかなかっただろう。

勉強開始当初の絶望ぶりを追体験すべく、実際に使われた入試問題を紹介してみよう。

 

第1問       下記の用語の中から5つを選び、身体運動と関連づけて、それぞれについて10行以内で説明しなさい。

ES細胞

細胞接着因子

尿素回路

HbAlc

脂質異常症

筋衛星細胞

呼吸鎖

タンパク質分解系

成長因子

 

第2問       次の設問全てに答えなさい。

Ⅰ、下記の用語の中から3つを選び、それぞれについて、身体運動における制御や学習と関連づけて8行以内で説明しなさい。

大脳皮質運動前野

黒質

α運動ニューロン

登上線維

グルタミン酸受容体

長期増強

Ⅱ、随意反射と伸張反射の関連について知るところを述べなさい。

第3問もういいよ!

 

 お分り頂けただろうか?

大学入試センター試験以来全く理系というモノから遠ざかっていた人間がこれを解くのだ。

さらに悪いことに大学院入学を決意したのが春で、入試は7月であった。

わかりやすく状況を説明すると、ジョジョ第2部でワムウに

「名づけて死のウエディング・リング 今からこのリングを心臓の動脈にひっかけておく!」

と言われた主人公も同様であった(リングには毒があり1ヶ月で死ぬほど強くなって解毒剤を奪わないと死ぬ)。

この試練を突破するため、自宅から車で15分ほどの距離にある精神と時の部屋(筑波大学図書館)に自分を隔離し入試の過去問を解き続ける修行に入った。

そもそも「意味を説明せよ」と言われている単語の意味がわからなかったので図書館の書架でそれっぽいところをあたって本を探すのが始まりだった。

筑波大学は「国立の体育大学」と言われておりスポーツ関係の書籍はかなり豊富に取り揃えてあったのだ。

そのうち使うべき参考書の目星もついて市立図書館でも自習できるようになり、休憩時間にモルモン教徒の白人に勧誘されたりしつつ勉強した。

こうなるとさすが腐っても東大、気がつけば手も足も出なかった問題群になんとか対処できるようになっていた。

入試に必要なもうひとつの課題である英語はもともと英文科だったため比較的対策が少なくて済んだのも幸運だった。

こうして戦闘力を高めて迎えた本番では筆記で大きなミスもなく、二次試験の面接に駒を進めた。

 

 面接は終始和やかな雰囲気であった。

最後に、入学したら僕が指導を仰ぐことになるW先生が「この道に入った後どうやって食べていくつもりですか」と質問をされた。

正直どう答えたか覚えていない。

ただ、大学に残ってまだほとんど手つかずのダンスの研究をしていきたい、みたいなことを口走った覚えがある。

そして無事合格が決まり、僕は晴れて東京大学大学院に入院した。

「大学院で研究をする」ということが何を意味するかもよくわかっていないままに。

 

大学院生としての時間はとても楽しかった。

一度会社員(所属こそしっかりしているものの窮屈極まりない状態)を経験し、かつニート(自由こそ極まるものの所属するところのない不安定な状態)も経験しているため組織に所属しかつ自由もある大学院生はある意味理想の生活であった。

これ幸いとダンスの練習も毎日のようにやり始めた。

そして東大だけど腐っている僕の頭脳は最も重要なことを完全に失念していた。

大学院は頭が悪いのを直してくれるところではない。

自分で動かなければなにも進まない、ということを。

その上大学への就職は死ぬほど狭き門であり東大卒程度の学歴など何の意味もないこと、そもそも大学院にスライディング入学した人間などはお呼びでないということを僕は知らなかった。

入学前に描いていた絵図の非現実ぶりを僕は嫌という程痛感させられることになった。

 

 気がつけば入学から1年後の未来にタイムスリップし、2年間の修士課程のうち半分が過ぎていた。

論文執筆のための材料はほとんどなく、周囲の院生で大学への就職を諦めて一般社会に戻ることを決意した人も出始めていた。

僕もまたデロリアンを開発して過去を変えるかこのままの歴史を歩み続けるかを決断しなければならなかった。

指導教員には会社員に戻ることを勧められた。

僕にはタイムマシンを開発する能力はおろか、研究者としてのやる気も適性もなかったからだ。

再び仕事のできない会社員になって巨乳の先輩女子社員にいびられるのは(性的な意味以外でも)もう真っ平御免であった。

とはいえ実家のコンビニを手伝うという選択肢もまた、ありえない。

前門の会社、後門のコンビニ。

どちらを選ぶことも死を意味する。

とはいえ、飯を食う手段がなくては生きていけない。

事ここに至り、ようやく僕の頭の中に「ダンスのプロになる」という選択肢が浮上したのであった。

 

小野大輔28歳のことであった(遅い)。

 

追記

これを読んで東京大学大学院に入学したくなった人もいるかもしれない。

そんな人のために総合文化研究科の入試要項及び過去の試験問題が以下のURLで公開されてるのでレッツアクセス!(http://bio.c.u-tokyo.ac.jp/admissions.html)。

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