笠井潔による本格ミステリ 矢吹駆シリーズには、毎回、思想家をモデルとする人物が現れ、矢吹駆と議論をかわすのが、魅力のひとつとなっている。
<対戦相手が明らかになっているもの>
『熾天使の夏』……特になし
『バイバイ、エンジェル』……VS永田洋子(orマルクス)
『サマー・アポカリプス』……VSシモーヌ・ヴェイユ
『薔薇の女』……VSジョルジュ・バタイユ
『哲学者の密室』……VSマルティン・ハイデッガー+エマニュエル・レヴィナス
『オイディプス症候群』……VSミッシェル・フーコー
『吸血鬼の精神分析』……VSジャック・ラカン+ジュリア・クリステヴァ
『青銅の悲劇 ~瀕死の王』……特になし
<対戦相手が不明のもの>
『煉獄の時』……VSソルジェニーツィン+ヌーヴォー・フィロゾフか? (タイトルからして、『煉獄のなかで』の著者が出てくるのでは、と。笠井的には収容所問題は、どこかで取り上げておきたいのでは。)
『?(フランス編第8作め)』……(期待をこめて)VS(晩年の)ジャン・ジュネ(同性愛とパレスチナ問題を絡めれば、それ相応の内容にはなるだろう。このシリーズ、徐々にストイックになりつつあるので、人気のテコ入れのために耽美に走るのも一興かと。)
『?(フランス編第9作め)』……(期待をこめて)VSコリン・ウィルソン(フランス人ではないが、ドイツ人が対戦相手となった前例があるから、こじつければできるだろう。オカルト幻想小説風にすれば、この小説の活性化につながるのではないか。)
『?(フランス編第10作め)』……VSジャック・デリダ+宿敵イリイチとの対決(作者は東浩紀を意識しているようなので、どこかでデリダを取り上げるとは思うのですが、デリダはあまり盛り上がりに欠けるテーマなので、宿敵との直接対決とカップリングすべし。)
『?(日本編第2作め)』……VS天啓教によるテロリズム(この小説のなかでのオウム真理教のこと。時代設定から、カルトによるテロの問題は避けて通れないのではないか。日本篇第1作めを、1988年から始めたので、三島由紀夫の自決事件をこの物語に取り入れるのは困難だろう。)
『?(日本編第3作め)』……VS吉本隆明+大江健三郎
(吉本は、笠井に最も影響を与えた人物であるから、どこで取り上げる必要があるのではないか。大江については、『球体と亀裂』という笠井の評論があり、作者が関心をもっている作家のひとりである。なお、大江は、吉本が『「反核」異論』で批判した進歩的知識人であり、両者は対立関係にある。)
危惧される点。
『青銅の悲劇 ~瀕死の王』で扱ったような決定不能性の問題が浮上する場合、「これこそ真理だ」という決定打を出せずに、延々と長くなる可能性がある。
(私としては、変格の要素もたっぷり取り入れて、上質のエンターテイメントを仕上げてくれることを期待しているのですが、作者は本格にこだわるのではないか。)
そうすると、定年制を自身に課そうとしている笠井氏の場合、このシリーズは、ちょうど『死霊』のように未完成で終わる危険性がある。
日本篇まで大風呂敷を広げたのが、吉と出るか、凶と出るか。