哲学者の中島義道さんが、『私が嫌いな10の人びと』で、常に感謝の気持ちを忘れない人が嫌いと言っていることを思い出した。
最初は、その理由を読んでも頭になかなか入ってこなかったのだが、
心屋仁之助さんの『すりへらない心をつくるシンプルな習慣』本を読んでいて、こういうことではないかと思った。
それは、感謝の気持ちを忘れないことは大切だが、それが「~~すべき」「こうあるべき」という義務になったら危険だということだ。
職場でもすれ違ったら挨拶をすべき、なるべく笑顔であるべき、嫌な人とでも仲良くできた方がいい、楽しく仕事をできた方がいい。
私たちは様々なルールを知らず知らずのうちに自ら作り上げる。
私はそうしたいと思ったからそのルールを実行している、本心でそれをやっているという人はいい。
しかし、我慢しながら自分を押し殺してそれをやっている人は、次第に心の中が傲慢になっていくのだ。
そして、自分の価値観を人に押し付けるようになる。
「私はこれだけやっているのに」「私はこれだけ頑張っているのに」「私はちゃんとしてるのに」というように。
本書で心屋さんはこう述べている。
「いつも我慢している人はまわりに「のに」という「貸し」をいっぱいしているという感覚がある。
だから、まわりが「返してくれるどうか」をチェックしていたりします。
そして、こっちが「貸し」たのに返してくれない人に、心の中でイライラや不満を抱いていたりする。
当然「利子」がつくので、貸したもの以上に返ってこないと、また不満になります。
そしてどんどん「傲慢」になる。」
これに対して、自分がそうしたいからそれをやっている人はそこに見返りや貸しというものがない。
なぜなら、自分がしたくてそれをやっているからである。
でも、「~~べき」と思って我慢して自分を押し殺してやっている人は、
「俺は明るく挨拶をしているのに、アイツは挨拶もしようとしない」
「俺は頑張って笑顔で接客しているのに、アイツは日中ブスッとしてる」
「俺が話題をふっているのに、アイツは全然自分から話そうともしない」
「俺は楽しく仕事をしようと頑張ってるのに、アイツは見向きもしない」と自分の「~~べき」に反する人が出ると、周りの人に見返りを求めようとする。
その度にイライラが募る。
でも、相手を変えることはできない。
ひょっとしたら相手は、たまたま悩みでいっぱいだったのかもしれない。
たまたま、ちょっと考え事をしていただけなのかもしれないのに。
性格が暗いなら暗いでいい
それなのに少しでも笑顔であるべきだ、明るくあるべきだと無理に取り繕っても、息苦しさを感じるだけだ。
心屋さんが言いたいのは、マイナスな言葉を避けようとしていないかということ。
あなたが「~~べき」ということで苦しんでいるのならば、一度その思いを手放してみてはどうか。
そして、自分らしいセルフイメージに、
人からこう見られたい、自分がこうありたいという仮面を引っ剥がした本来の自分。
なるほど。
人間の心というのは、不思議なものだ。
前向きな時もあれば、後ろ向きの時もある。
積極的な時もあれば、消極的な時もある。
楽しみたい時もあれば、泣きたい時ももある。
話したい時もあれば、話したくない時もある。
しかし、現代ではなぜか前者のプラスの方だけを求め、後者のマイナスの方を排除する傾向が強く思える。
なぜ一つにこだわろうとするのか。
プラスの方ばかりに
その時その時の感情一つ一つが大切なのだ。
人生、誰だって思い通りに生きらればいいと思っている。
でも、現実は思い通りにいかないものである。
思い通りにしたいという欲が強すぎるから、「思い通りにならない現実」に直面した時に感情を乱してしまうのだ。
中島義道さん、心屋仁之助さん、この本を書いてくれてありがとうございます。
