マニラの晩ごはん
トレーダーズホテルのロビーラウンジは珍獣たちの動物園と化していて、オジさん達の下心がフロア中に渦を巻いていた。
ぐぅぅ~。
腹が鳴ったので携帯電話の時計を見た。
携帯電話。
ボーダフォンのユーザーである僕は、旅立つ前に3Gという世界基準の携帯に機種変更をしておいた。
“世界で使えて、自宅が圏外”
という山本一郎氏のご指摘通り、僕の場合も自宅の出窓意外は圏外という何ともイタいことになってしまっていた。
いつ切れてしまうか心配しながら出窓に身を乗り出して通話する状況にウンザリしていた僕は、
フィリピンに到着後、ディスプレイの電波表示が“バリ3”なのを見てうれしくて小躍りしてしまった。
以後、移動を続ける中で圏外になってしまう事はほとんどなかった。
夕食を求めて大都会のマニラの中を、お腹をすかせた僕達がトボトボ歩いたところであんまりいい事も起こらないだろうと思い、ホテルの中にある日本食レストランで夕食を済ませることにした。
そうそう、僕達は海辺で過ごすためにやって来たんだ。
旅は始まったけどまだ砂浜に降り立ったわけではない。本番は明日からだ。
・ ・ ・
「きくふじ」という名のそのレストランは、日本でいう立派な居酒屋さんといった雰囲気だ。
のれんをくぐると、
ドラが 「じゃぁぁぁぁぁ~ん」 と鳴り、
和服を着たフィリピーナの給仕さん達が総出で
「らっしゃいませぇぇぇぇぇぇ~っ!」
と絶叫する。
何ともいいようのない違和感だ。
威勢のよさもサービスのひとつとなってしまう日本式の接客は彼女たちの目にどのように映っただろうか。
きっと、“何でこんな事しなきゃいけねぇんだよ”と思ったことだろう。
海外からのツーリストに人気のある、六本木の炉端焼き屋さんでも店員のその威勢のよさゆえに初めて訪れた外国人は
この人達、怒っているのではなかろうか!?
と困惑してしまうらしい。
まあ、こういった考察も海外旅行ならでは、だ。
オクラの煮びたし
揚げ出し豆腐
タコの酢の物
しばらくは和食ともお別れだと思うと、普段あまり気にもかけていない料理もやけに味わい深い。
何となく視線を感じるので辺りをぐるっと見渡してみた。
元々、彫りの深い顔立ちのカミさんは海外に出るとあまり日本人に見られないという事が多々ある。
という事は・・・
僕も珍獣たちの一員として見られているというのか!? 心外だっ!
あわててダイバーらしく振舞おうとした自分も情けないが、そもそもダイバーらしさっていったいどうすればいいんだ?
しかもここは、マニラのシティホテルの中にある日本食レストラン。
馬鹿馬鹿しくなってその状況を受けいれる事にした。
驚いた事に、混雑した広い店内に日本人の女性はカミさんただ一人。
となりのとなりのボックス席に白人のおばあちゃん二人が寿司を食べている意外はみんな日本人男性とフィリピン人女性、もしくは日本人男性のみのグループだけ。何だここは。
のんびりディナーを食べるには、ちょっと濃すぎる。
“きくふじ”での夕食は日本の小料理屋と同じようにとても美味しく、お会計も日本と同じようだった。
食後、カミさんは部屋に戻り、
“きくふじ”で芋焼酎をしこたま飲んだ僕は心地よい酔いを引きずってラウンジの片隅に陣取り、
日記帳の1ページ目を開いて書き始めた。
『2005.1.9
とうとうこの日をむかえた。旅が始まった。今朝、ミキと・・・・・・・・』
気がつくと珍獣たちの姿はなかった。