50代からの円満夫婦づくり~夫婦問題の9割は先祖の課題 家系鑑定カウンセリング -2ページ目

50代からの円満夫婦づくり~夫婦問題の9割は先祖の課題 家系鑑定カウンセリング

さいたま市・越谷市
三世代にわたる家族の物語と家族マップを活用した
先祖から応援される ルーツカウンセリングや墓参法を
お伝えしています。

 

 

 

先祖の知恵を未来へつなぎ
家族の絆を深める、家系鑑定士



たかだ ゆきです。

 

 

 

 

 

 

塙保己一ドキュメンタリー映画
「共鳴する魂 塙保己一伝」を見に
行ってきました。

 

 

 






チラシの



 

 



というパワフルな問いかけに惹かれて
チケットを取り寄せました。



7歳で全盲15歳で母きよを亡くし
江戸に上京。理想と現実の暮らしに
ギャップに耐えられず一度は
死に逃げ出そうとしましたが
亡き母の深い情愛が彼を生を
呼び起こし、
絶望の体験から母親に報いるため
再生を誓い、
崇高な愛の努力を以て

 

 

 



『世のため 後のため』

 

 

 

尽くしてきました。




家系学の視点からみても
家系を発展させたり
偉人が生まれる家には
信仰心のある母親や
慈愛に満ちた母親など
高い人格を持った母親が存在します。

 

 

 



母きよは保己一の病気が治るようにと
三日月不動と呼ばれる
お堂に毎日お参りしたり

 

 


毎日、保己一を病院に連れていくため、
橋のかかっていない
対岸の川をわたり、
おぶって2年間、
通い続けるなどの逸話を残して
いました。

 

 

 

 

 

 

 

そして父親は
保己一の無事を祈り
江戸の方向に毎日手を
合わせていたといいます。

 

 



そこで私は
母の子どもを思う
情愛の深さ、愛の犠牲心に
心を打たれました。






そして人の内なる善を啓発していきたいと
思いました。

 

 


◆越谷市<イベント>

2024年11月3日(日) 10:00AM/2:00PM
越谷市中央市民会館劇場  入場料大人:1,500

★埼玉県三大偉人の一人。
■塙保己一
延享3年(1746年)〜文政4年(1821年)
武蔵国児玉郡保木野村 (現・埼玉県本庄市)生まれ。
江戸時代後期に活躍した全盲の学者。
多くの困難の中、大文献集「群書類従」666冊をはじめ、
散逸する恐れのある貴重な文献を校正し、次々と出版した。48歳のとき、幕府から番町(現・千代田三番町)に300坪の敷地を与えられ「和学講談所」を創設した。国学の研究の場として現在の大学ともいえるものであった。
保己一は、自分と同じように障害のある人たちの社会的地位向上のために全力を注ぎ、その生き方は、国境を越えてヘレン・ヘラーにも影響を与えた。
彼女は、母親から『日本の塙保己一先生はあなたの
人生の目標となる方ですよ。』と
教えられそれを希望として自身の人生を生きた。

昭和12年(1937年)初来日したヘレン・ケラーは、
渋沢栄一等によって設立された温故学会を訪れている
後日、埼玉会館で開かれた講演の後、ヘレン・ケラーは
保己一旧宅を目指したが途中、タイヤがパンクして行くことが出来なかったそうだ。
もし、彼女が児玉町に行くことが出来ていたら塙保己一像の隣にヘレン・ケラーの銅像が立っていたかもしれない。

■群書類従について
塙保己一畢生の大事業は『群書類従』の編纂・刊行である。
安永八年(1779)正月、34歳の時
、刊行を決意し、40年の歳月を経て、
亡くなる2年前の74歳のときに完成した。
『群書類従』の収録文件数は1277種、
25部門に分類して総冊数665冊、
目録1冊の合計666冊からなる。

版木枚数は17,224枚、両面刻であるから
約34,000ページ分となる。
昭和32年国の重要文化財に指定された。

 

 

 

 

≪残2席≫
12月1日開催の家系学から見た結婚の真実と

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