【事例】
雄一と京子が新たに新居(アパートの1階)で同棲を始めて約半年が経過した頃、いつものように京子が洗濯物を干しにベランダへ出ると、何かとてつもない悪臭が漂ってきました。「何?この匂い!」と思ってあたりを良く見ると、どうやら隣の一軒家からのものだと分かりました。木で隠れて今まではよくわからなかったのですが、もっとよく見てみると、すさまじい数の「ゴミのようなもの」(普通に見ればゴミにしか見えない)が辺り一面に散乱していたのでした。その様は日が経つにつれてひどくなり、匂いとともに虫なども部屋に入り込むようになり、日常生活に支障をきたすようになってきたので、京子はついに我慢の限界に達し、市役所にこの現状をなんとかしてもらいたいと思い、切実に訴えました。それを受けて市役所の担当者は、そのいわゆる「ゴミ屋敷」の主人に対し電話で、「近隣の住民が迷惑をしているようなので、不要な物(ゴミ)は早急に処分していただけないでしょうか?お願いします。」と要請をしたのでした。
さて、近年問題になってるごみ屋敷…ですが、このゴミ屋敷の主人は、市役所の担当者の言うことに従わなくてはならないのでしょうか?
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【解説】
では今回は少し早めにさせていただきます。
ごみ屋敷問題は各自治体かなり手をこまねいているようですね。
ではこの問題について検討していきます。(今回はかなり長くなりますし、途中からややこしくなります。読み飛ばしてもらったほうがいいかもです)
まず、市役所の担当者の言ったことは、行政法学上の「行政指導」と言われるもので、この行政指導には法的な拘束力はありません。
つまり、これはあくまで市役所(行政)からの`お願い'であり、これに従う義務はなく、また、これに従わなかったとしても何ら罰則を科されるということもありません。
ってことは、ごみ屋敷の主人にとっては、「無視してもなんら問題はない」ということになります。
しかし、それではごみ屋敷を結局放置することとなり、周辺住民の生活環境が害されることとなり適切ではないということから、行政として何か打つ手はないのでしょうか?
実は、ごみ屋敷をどうにかすることができる法律というのは現在存在していません。
廃棄物処理法という法律がありますが、この法律の第16条や26条で言うところの不法投棄による撤去や罰則の可能性がわずかにありますが、仮にごみ屋敷に溜め込まれた「ごみ」が廃棄物に当たるとしても、ごみ屋敷の住民が「大事に溜め込んでいるとか、所有物だ」と主張すればこれも困難だと考えられます。(憲法で保障された私有財産に手をかけることは極めて難しく、明確な法律の根拠がなければできない)
となると、行政指導で根気強く交渉を重ねていくか、若しくは、現在各自治体が定めている条例(足立区や最近では大阪市)によって解決を図ることになると考えられます。
※ここから下の記述はかなり細かい論点が含まれるので、面倒くさいと思われる方は飛ばしてもかまいません。
行政には、裁判所を通さずに「強制執行」を行う事ができる「自力執行力」という力があります。ではいきなりこの「自力執行力」でゴミを撤去することはできないのでしょうか?
この点、行政上の強制執行というのものは、その前提となる行政行為と強制執行自体にも法律の根拠がなければならないとされています。
現在、ごみ屋敷をどうにかできる法律がないというのは前述の通りですので、今回の市役所が強制執行をしてゴミを撤去するということはできません。
しかし、法律はなくとも各自治体によるごみ屋敷規制に関する「条例」は存在するわけです。
ではこの条例を根拠に強制執行をすることはできないのでしょうか?
まず、「行政代執行法」という法律が存在します。
第1条 行政上の義務の履行確保に関しては、別に法律で定めるものを除いては、この法律の定めるところによる。
第2条 法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。以下同じ。)により直接に命ぜられ、又は法律に基き行政庁により命ぜられた行為(他人が代つてなすことのできる行為に限る。)について義務者がこれを履行しない場合、他の手段によつてその履行を確保することが困難であり、且つその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるときは、当該行政庁は、自ら義務者のなすべき行為をなし、又は第三者をしてこれをなさしめ、その費用を義務者から徴収することができる。
第1条による「法律」には「条例」は含まれないとされているので、条例にこの法律とは別の強制執行に関する規定を設けることはできないと考えられますが、
第2条においては、「法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。)」として「法律の委任がある条例」に関しては代執行をすることが可能であるとされています。
しかしながら、ごみ屋敷条例のごとく法律の委任のない、いわゆる「自主条例」は一般にここでいう条例に含まれると解することはできないと考えられますが、
地方自治法第14条第1項
普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて第二条第二項の事務に関し、条例を制定することができる。
地方自治法第14条第2項
普通地方公共団体は、義務を課し、又は権利を制限するには、法令に特別の定めがある場合を除くほか、条例によらなければならない。
の規定により、行政実例では、行政代執行法第2条で言う「条例」には、法律の個別的な委任に基く条例のみでなく、地方自治法第14条の規定に基いて制定される条例をも含むと解されていて、実際に多くの条例に代執行の規定が設けられています。
よって、各自治体は、ごみ屋敷についての自主条例によって、撤去等の命令をし、それによる義務の履行がないのであれば、行政代執行法に基づいて強制執行をし、目的を実現することができるとなるのではないかと考えられます。
しかし、この強制執行というのはごみ屋敷の住人の意思に反してされるものであり、真にごみ屋敷の住人の理解を得てされるものではないので、根本的な解決にはならないのではないかと個人的には思います(どうせまたごみ屋敷になってしまう)
であれば、行政が腹を割ってごみ屋敷の住人と話し、説得し、解決していくという道が妥当なのかもしれません。と個人的には思います。
以上、京子は自分の住む自治体に条例がないことを知り、市役所の担当者と周辺住民とで根気強く説得を試みていく…という道をたどりそうです。