ボッティチェリにとって、宗教改革は何だったのか | lat-sasakikaoruのブログ

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アートの勉強のため、現在フィレンツェに住んでいます。
イタリア語の語学勉強も始めたばかりですが、イタリアでの生活やアートに関連することをアップしていきます。
日本に帰ってからのアート活動に生かして行きたいと思います。

今回のイタリア滞在でもっとも注目したボッティチェリの作品に

 

“マニフィカトの聖母” (Madonna del Magnificat) 1483-85年

 

があります

 

 

“ザクロの聖母”と並んで有名な

 

トンド形式(円形)の聖母子像です

↑“マニフィカトの聖母”(部分)

 

これまで、春やビーナスの誕生にばかり目を取られて

 

他の作品をじっくり見ることがなかったのですが

 

自分では、いくつかの発見につながったと思います 

 

テンペラ絵具の透明感のある色面表現の完成度は

かなり高いと言えます

 

テンペラ画を描いたことがある人はわかると思いますが

 

その絵具は不透明です

 

卵(黄身)の影響で、少し色合いが変わってしまうこともあります

 

他の作品から抜きんでて画面の明るさと透明感を表しています

 

 

 

余談ですが、やはり、油絵具の発明は

 

光学的な物理的要素を絵画に取り入れた意味では

 

かなり画期的な画材の発明といえます

 

 

 

さて、皆さんもご存じのボッティチェリも

 

宗教改革の際、サヴォナローラの破壊的な説教によって改心し

 

実に多くの彼自身の作品を燃やしてしまったと

 

 

それ以降の彼の作品は「精神性を増した」

 

と言われていますが

 

悲壮感が漂います

 

宗教による心の病とでも言っていいのではないでしょうか

 

 

 

どんなに優れた画家、芸術家であっても

 

自分の特性、生かし方が違えば

 

魅力的ではなくなる

 

 

 

厳格さの中に美を表現することが困難だったボッティチェリ

 

 

 

厳しい表現になりますが

 

フィレンツェというルネサンスの都で

 

メディチ家の庇護のもと

 

楽園的な世界を表現してきた彼は

 

時代が変わると同時に流された(翻弄された?)

 

とっても素直な

 

芸術家の一人ではなかったのか

 

と考えざるを得ません

 

 

ボッティチェリは、宗教改革後

 

芸術家ではなく宗教家となってしまったのではないでしょうか

 

 

もちろん、それでも優れた技術と表現力を有していますし

 

表現は自由です

 

 

芸術の真価、美の力とは

 

美や芸術作品に触れて

 

感動し

 

心が満たされたり

 

豊かさを感じたり

 

軽やかさが残るものではないか

 

と私は考えます

 

 

 

そう言う意味では

 

彼独自の美しい甘味な世界観を彼自身が否定してしまったのは

 

とても残念でなりません

 

 

 

最後まで読んでくれてありがとうございました