ショウジくんと逢えないまま1年が過ぎ、いくらなんでもそろそろ状況好転するかな?と期待していたけど、まだまだ無理そう。
ということで、前々から私の青春として書き記しておきたかったコージ先輩の話を、覚えている限り書こうと思います。
ショウジくんはコージ先輩のことが今でも大嫌いらしいので、このブログで触れるのはちょっと心が痛むけど。
コージ先輩については はじまりは必然?~高校初恋編 で少しふれているので興味あれば読んでみてください。
私の青春すべてを捧げた人。
彼が私の青春だった。
実は、コージ先輩とは今でもまだ連絡をとれる関係。
私が結婚してから10年以上は年賀状だけのやり取りだったけど、FBというツールが私たちをまた繋いでくれた。
ちょうど東日本大震災の時だったからよく覚えている。
そしてその年に私が離婚。
離婚の話が切り出されたとき、一番最初に相談に乗ってもらったのがコージ先輩だった。
もちろん先輩は結婚して家族も増え、幸せな家庭を築いているから私の出る幕なんてない。
なのに、何かと気にかけてくれていたのが嬉しかった。
いろんなことがあったし、たぶん私のことなんて先輩の人生のほんのちっぽけな思い出なんだと思うし、もしかしたら私のことなんて1ミリも好きじゃなかったのかもしれないけど、それでも私のことを忘れずにいてくれたことが何より嬉しかった。
先輩のことを知ったのは、同じ部活の同級生が彼のことを好きだったから。
中学2年生の時だったと思う。
学校内でも目立っていたグループの1人で、密かに先輩のことを好きな女子はかなりいたと思う。
そんな人気者の先輩が私のことを好きだと言ってるんだから、付き合わない方がおかしい。
でも、まだ子どもだった私は、「恋人になる」ということの難しさを知ることになる。
コージ先輩と付き合い始めたのは中学3年の冬休み。
電話で告白されて、お正月に初デートした。
東京に映画を観に行こうって誘われたんだと思う。
初デートが東京って、どんだけ大人びてたんだろう(笑)
そう、コージ先輩と付き合うのはかなり背伸びが必要だった。
付き合って3カ月目くらいでファーストキス。
7カ月目の夏休みにヴァージンを捧げた。
最初はうまくいかなかった。
こんなことして何が楽しいんだろうって思った。
でも、先輩がしたいっていうことならなんだってした。
私にとって先輩はどんどん特別な存在になっていった。
なのに、付き合い始めて1年が経ったころ、もう付き合えないと告げられた。
理由はよくわからなかった。
聞かなかったのかな?
聞いたけど忘れちゃったのかもしれない。
たぶん、まだ子どもだった私と付き合うのが面倒になったんだと思う。
ショックだった。
先輩のことを諦めたくなかった。
先輩に振られた翌日から、私の片思いが始まった。
苦しくて果てしなく長い片思い。
だって、好きでいるのは自由だもん。
つづく