物事に絶対はない!どんなに活躍したスターやヒーローであってもいつかは翳りがやって来る…。お店や観光地だってそうだ。
そうなった時に人は口々に『落ちぶれたな…。』や『ああ…そんなのあったね。』と形容する。
でも考えても見てくれ、そんな一言で片付けてしまうのは悲しすぎると思わないか?
そこには歴史や物語や青春。そして人と人との人生が交錯したりと色々なものがある。
だからこそ廃墟などを紹介する時は、出来ればそうしたかつての姿も書いていきたい。
全てを知るのは不可能でも出来る限り載せて、ドドドドドマイナーな歴史を…こんなのがあったんだよってのを綴りたいのだ。
この野尻湖畔に佇むホテル『ラフィネマルタ』もかつては人が押し寄せ、大変有名なホテルだった…。
在りし日のラフィネマルタは妙高高原駅までの往復をロールス・ロイスで送迎していたと言うからその盛況ぶりは群を抜いていた事だろう。
上の画像と廃墟を見比べてみると同じ場所なのか?と疑いたくもなるが、やっぱりそうした時代は確かに存在したのだ。

だが今は…最後の時をこの地で静かに待つのみだ…。人が訪れなくなり出入りのなくなった建物は急速に廃墟化が進む。それでも廃業となったのは今から七年前と比較的新しい廃墟物件。

野尻湖の避暑地としての歴史は古く軽井沢に次いで二番目で、大正九年には軽井沢に住んでいたカナダ人宣教師ダニエル・ノルマンが…あまりの軽井沢の人の増えっぷりに嫌気がさして故郷カナダに似た場所の野尻湖を気に入り、この地に外国人別荘地を開いたと言われている。

大正十年には野尻湖協会(NLA)を設立、会員制にし厳しい規則で管理・運営を行って97年もの間景観を守り、今でも手つかずの自然が数多く残る。

他にも別荘を持っている人同士で毎年顔を合わせる恒例行事みたいなのもあり、一ヶ月程滞在しまた地元に帰る人も多くそれがかつての野尻湖の定番だったそうな。

夏に避暑地として盛り上がったこの土地も…最近では過疎化が進み、廃墟も随分と増えていると言う。
辿り着けない湖面に浮かぶ桟橋も何処か寂しげで、見ていてとても悲しくなった。
野尻湖周辺にはまだまだ面白そうな探索ポイントがありそうなので、その内そっちも攻めに来るとするかな。
住所:長野県上水内郡信濃町古海4467









