[News] '普通'という呪縛 | Lasata Blog

Lasata Blog

♡Baby Club Lasata毎日の様子
♡イベント情報
♡子育て中のママに役立つニュースや情報

「子どもに良いことをしてあげたい」
「ママ大好き♡って言ってもらえるママであり続けたい」
ママの「はじめのいっぽ」のクオリティを高めるお手伝いをします。


テーマ:
おはようございます。
1週間ぶりの東京の朝です。
年始の挨拶でやり取りする友人、知人、あちこちからインフルエンザ感染の報せが届きます。 皆さまお変わりないですか?

さて、素晴らしい記事に出会い、ものすごく気持ち良い朝です。
久しぶりに日経デュアルから。
https://dual.nikkei.co.jp/atcl/column/17/122800153/122800001/?P=1&ST=mobile



JT生命誌研究館 中村桂子館長が、私たち子育て世代に送るメッセージです。
あまりに素晴らしいのでぜひご一読を!ですが、こちらには私の心に響いたところをピックアップしてご紹介しますね。

・「ふつう」には本来基準はなく「私は私」とすることが「ふつう」のはずなのですが、最近は「ふつう」を決めて「あなたはふつうではない」としてしまう風潮もあり、それに対する抵抗感がありました。
・「生きもの」は一人一人違うもので、その違う者同士が交じり合うのが世の中なのですよね。家庭でも、同じ両親から生まれても、きょうだいで全く違うでしょう? 「完璧な生きもの」はないし、むしろ違わなければ「ふつう」ではないとも言えます。
・すべての生きものは、育つまでに手間も時間もかかるもの。お隣の子がこんなことを早くからやっているから、うちの子も早くやらせなきゃと言ったって、できないものはできないですし、1歳には1歳の、3歳には3歳の、5歳には5歳の意味があります。それを飛ばしてしまったら、「生きている」ということにはならないのではないでしょうか。
・手がかかることをマイナスに捉えると「しんどいな」と思うことになるけれど、「手をかけたらこんなふうになっていって、あぁ、面白いな」とちょっと発想を変えるだけで、喜びを感じることができるでしょう。これが、生きもの特徴だと思うんです。
・最初から大きなことを考えてしまうと、どうしていいか分からなくなって動けなくなるものですが、小さなことを大事にしていると、自然に大きなところが「やっぱりこれはダメだな」などと見えてきます。





日常会話の中で夫に「普通○○だろ!」と言われると、心の中で「それはあなたの普通でしょ」とか、「普通ってなんだよ!」とささやくことがあったりしますが(笑)、目の前の子どもを一般化してみる「普通」という言葉を私自身も乱用してしまっているかもと省みています。

言葉は本当に大事だと思うのです。
自分がどんな言葉掛けで育てられたかの影響力を、親になった今、ものすごく感じるので。

そしてこの記事を読んで、「ちゃんと子ども一人ひとりを生きさせてあげられているかな?」という問いをこれからの自分の育児の指針に加えようと思いました。
中村さんのお話を直接お聴きできる機会があるといいな~

冬休みを締めくくる週末。
今日も素敵な1日にしましょう♪


ラサタ
www.lasata.jp

Lasataさんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス