すべては
「愛」と
「愛から離れようとするもの」で
できている


という言葉?理解?が
ふと来ました。




愛から離れようとするものたちが
愛から離れようとするのは
自分がなくなってしまうかと恐れるから


でも
それすら「遊び」なのかもしれない



であるなら


自分は愛であることを知り、認め、
愛を感じながら生きるなら
安心のなかで 自分の中心にいることになるんじゃないかな。
(自分の波動?音?にぴったりと合っている状態)



自分の中心も 結局は愛。


一般的に言われる情緒的な感覚の愛とは
ちょっとニュアンスが違うのかもしれないけど
愛はすべての構成要素かもしれないね〜




「すべては愛と愛から離れようとするものからできている」
という言葉から
自分が感じたこととともに
書きました😊


個人的には
「愛」と「愛から離れようとするもの」
というほうが
「愛」と「恐れ」より
いまはしっくりくるなぁ〜✨


たとえば自分が何か恐れているとき
それは愛から離れようとしている状態なんだなと認識できれば
その反対のこと(愛に戻る→愛に合わせる、愛を感じる)をすればいいってわかるよね😊

愛に戻る=自分に戻る
だね❣️


すべてに絶対無限の存在のエッセンスが入っているから、存在しているんだもんね😊


そう思うと
すべてがなんだか身近に感じるというか
親近感がわくというか…

結局はすべてが自分の一部なのよね。

そこに愛しさが生まれる。
尊敬も生まれる。

それぞれが
それぞれを生きていて
それ以上でもそれ以下でもない。


なんらかの意図なくしては
存在し得ないんだな〜と思うと
存在するものすべては
なんらかの意図?意識?はたらきかけ?があるから、存在するんだな〜


そんなことにつらつらと思いをはせたら
存在するってすごいことなんだな✨って
思ったよ〜😊


生きてるだけで万々歳✨☺️✨